取材・文/ふじのあやこ
離婚、再婚などで複雑化する家族関係。血縁のない家族(義家族)との関係で生じる問題、そして新たに生まれたものを、当人にインタビューして、当時感じた素直な気持ちを掘り下げます。【~その1~はコチラ】
今回お話を伺った海斗さん(仮名・45歳)は33歳のときに結婚。不妊治療を経て妻が妊娠し、妊娠7か月頃に里帰り出産をしていたという。その期間は6か月。一般よりも長い期間だが、海斗さんは笑顔で送り出していた。
「不妊の期間に、同棲中では見えなかった妻の感情的な部分と接して、私自身も疲弊していました。あのまま子どもを授からずにずっと罵倒され続けていたら、離婚していたかもしれない。再び愛情を取り戻すためにも、あの冷却期間は必要だったと思います。
私たちの家は京都、妻の家は兵庫県の大阪寄りのところだったのでそう遠くはないし、毎日連絡は取り合って休みの日に様子を見に行くこともあったので、特に寂しさを感じることもありませんでした」
里帰り出産が長期に渡った理由は、父親を排除するため
妻と義父は不仲。だが、妻は里帰り出産として半年も帰って来なかった。その理由には義両親の離婚があり、妻は母親と結託して父親を追い出していた。
「里帰り出産の期間中、妻が居たのは新しい義母の家でした。何も知らされていなくて、会いに行くときに『引っ越ししたから新しい住所』とLINEを送ってきて、実際に家に行ってから聞かされました。
離婚を決意した義母の背中を押すために早めに帰省して新居を用意していたこと、新居にかかった費用は妻が負担していることなどもそこで知りました。結婚する前に貯めたお金だと、夫婦の共有財産ではないにしても相談はしてほしかったのが本音です」
義父は、最初のほうこそ離婚を拒否していたが、社会的地位がある立場にあって離婚で揉めて裁判などになることは体裁が悪いと離婚を承諾。モラハラの証拠もあって財産分与も行えたという。
「長年のモラハラが書き綴られた日記や、義父は義母のお金の動きをチェックするためにレシートをノートに貼らせて毎回チェックしていたみたいで、そのノートも証拠になったそうです。義母がそれだけ辛い思いをしていたなら、協力した妻の行動も納得できます。……そこまでは、納得できたんです」
【いつでも自由に頼れる存在ができたとき、妻は娘になった。 次ページに続きます】