はじめに-市とはどんな人物だったのか

2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも登場する、戦国時代を語る上で欠かせない女性のひとりが、市(いち、演:宮﨑あおい)、通称「お市の方」です。織田信長(演:小栗旬)の妹として生まれ、浅井長政との政略結婚、三人の娘の母となり、やがて柴田勝家(演:山口馬木也)との再婚を経て、賤ヶ岳の戦いで悲劇的な最期を遂げました。

本記事では、史実にもとづいて、市の波乱に満ちた生涯をたどります。秀吉(演:池松壮亮)や秀長(演:仲野太賀)との関係にも触れながら、女性として、母として、織田家の一員として時代をどう生きたのかを丁寧に読み解きます。

『豊臣兄弟!』では、兄・信長を誰よりも理解し、陰ながら支える存在として描かれます。

市

市が生きた時代

市が生まれた16世紀中頃は、群雄割拠の戦国時代でした。13歳年上の兄・信長が天下統一に向けて勢力を拡大する一方、武田信玄や上杉謙信ら戦国大名が各地で台頭します。

このような激動の時代に、市は政治の駒として運命を翻弄されながらも、自らの意志と信念を貫いた女性でもありました。

市の生涯と主な出来事

市は、天文16年(1547) に生まれ、天正11年(1583)に没しています。その生涯を出来事とともに紐解いていきましょう。

信長の妹として誕生

市は、織田信秀(おだ・のぶひで)の娘として尾張国(現在の愛知県)に誕生します。織田信長の妹で、生年は天文16年(1547)ごろとされています。

織田家は当時、台頭し始めたばかりの勢力でしたが、兄・信長が力を増すにつれ、市も政略の中核を担う存在となっていきます。

織田信長
織田信長

浅井長政との政略結婚

永禄10年(1567)末か翌年初め、信長は北近江(現在の滋賀県)の戦国大名・浅井長政(あざい・ながまさ)と同盟を結び、その証として市を嫁がせます。

この結婚はあくまで政治的なものでしたが、市と長政の仲は良好で、3人の娘(茶々《ちゃちゃ》、初《はつ》、小督《おごう》)と2人の息子をもうけたとされています。

長政の居城である小谷城にいたため、「小谷の方」(おだにのかた)と呼ばれたそうです。

浅井氏の滅亡と帰還

やがて信長が越前の朝倉義景(あさくら・よしかげ)を攻めた際、長政はこれに味方して信長を裏切ります。結果、天正元年(1573)、信長は小谷城を攻めて浅井氏を滅ぼしました。

このとき市は、3人の娘とともに命からがら脱出し、兄・信長のもとへ戻りました。信長はしばらく弟の信包(のぶかね)に預けた後、清洲城へ移し、扶持米を与え、市とその娘たちを保護したといいます。

信長の死後、柴田勝家と再婚

信長の死後(本能寺の変・1582)、後継者をめぐって羽柴(豊臣)秀吉と柴田勝家が対立します。市はこの清洲会議の後、勝家と再婚。この結婚には、羽柴秀吉との申し合わせがあったといわれています。

婚儀は信長の三男・信孝の拠点である岐阜で行われ、市は3人の娘を連れて勝家の居城・越前北庄(現在の福井市)へ赴きました。

賤ヶ岳の戦いと最期

翌天正11年(1583)、柴田勝家と秀吉が対立し、ついに賤ヶ岳の戦いが勃発。勝家は敗走し、北庄城に籠城するも、秀吉軍に包囲されます。

秀吉の功業を記した『秀吉事記』によると、勝家は市に城を出るよう説得したと言いますが、市は娘たちに未来を託し、夫・勝家とともに自刃。享年37歳と伝えられています。

お市の方像(福井県 北の庄城址・柴田公園内)

市の娘「浅井三姉妹」

市は三人の娘を残す形で命を落としました。その後、娘らは秀吉に引き取られ、それぞれ有力な人物と結ばれます。長女・茶々(淀殿)は秀吉の寵愛を受け、次女・初は若狭小浜藩主・京極高次(きょうごく・たかつぐ)の正妻に、三女・小督は第2代将軍・徳川秀忠(とくがわ・ひでただ)に嫁ぎました。

天下をめぐる豊臣家と徳川家の覇権争いに深く関わったことから、非常に有名な三姉妹となります。

浅井三姉妹像(福井県 北の庄城址・柴田公園内)

市の生存説…!?

市には生存説があることをご存じでしょうか?

北庄城が落城する前夜、市は城の裏手を流れていた川から脱出。勝久寺(現在の坂井市三国町)に落ち延び、三国湊(みくにみなと)の豪商・森田家に匿われたという逸話です。森田家は、信長の支援者で、織田家を財政面から支えた商人の一人でした。その後、森田家内の旧浅井家家臣の手引きで、市は近江国へと移ります。こうして市は50歳ごろまで生き延びたとされるのです。

この生存説は、浅井家の遺臣によって生み出されたものではないかと考えられています。浅井家の残党は、結束を維持し続けていくために、市という存在を必要とし、生存説を作り上げたのかもしれません。

まとめ

市は、兄・信長、夫・浅井長政、柴田勝家など、日本の歴史を動かした人物に囲まれながら、自らの意志を持って戦国の世を生き抜いた稀有な女性です。

その人生はまさに、戦国女性の象徴ともいえるものであり、現代においても多くの人の心を打ち続けています。政治の道具として翻弄されながらも、母として、妻として、自分の道を貫いた市の姿からは、静かで深い強さを感じずにはいられません。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/菅原喜子(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)
HP:https://kyotomedialine.com FB

引用・参考図書/
『⽇本⼤百科全書』(⼩学館)
『世界⼤百科事典』(平凡社)
『国史⼤辞典』(吉川弘⽂館)
『日本人名大辞典』(講談社)

 

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