文/鈴木拓也
大阪の専門商社に勤務する玉置泰子さんは、御年92歳。
総務部長付課長の肩書で、経理事務とTQC(全社的な品質管理)に従事する、現役バリバリの会社員だ。
「世界最高齢総務部員」としてギネス世界記録に認定された玉置さんは、今の会社に勤続66年。25歳で入社したのが1956年。『経済白書』で「もはや戦後ではない」と謳われた年だ。
今も午前9時から午後5時までしっかり働く玉木さんの目標は、「100歳まで現役で働く」ことだと、著書『92歳 総務課長の教え』(ダイヤモンド社)に記している。
本書から、ビジネスパーソンの大先輩に学べることは実に多い。その一部を紹介しよう。
重要度の高い仕事を優先する
玉置さんの仕事の流儀の一つが、「前倒しを心がけ、納期ギリギリにこなそうとしない」。
そのための心構えとして「自分を過信せず」、しっかりとスケジュール管理することを旨としているそうだ。
具体的には、常日頃から業務日誌をつけ、どの仕事にどれほどの時間を要するかを把握しておく。その上で、発生した仕事の所要時間を算出。業務内容によっては、日~月単位のスケジュールに落とし込み、それをカレンダーや進行帳に書き留めるという。
常に複数の仕事を抱えている玉置さんは、どの仕事を先に片付けるか、優先度のチェックも怠らない。その判断基準となるのが、仕事の重要度と期限の切迫度。それについては、次のように考慮するという。
まず重視したいのは、仕事の重要度です。会社にとって大きな意義を持つ仕事を、ほかよりも優先して片づけるべきです。自分で重要度が判断できないなら、上司に確認しておきましょう。
もう一つの期限の切迫度については、それほど重要な仕事でなくても、締め切りが目前に迫っている仕事を優先するということです。自分では重要ではないと思っていても、締め切りを少しでもすぎると、後工程に迷惑をかけることがあります。(本書より)
玉置さんが、もう一つ心がけていることに「ミスを起こさないのが最速の仕事術」というのがある。
ミスを防止するコツとしてすすめるのが「デスク上にはToDoリストの最上位で、いまやるべき仕事関連に絞って書類を置いておくこと」。複数の仕事を同時並行的にこなすやり方は、ミスの元だと戒める。
「ほうれんそう」には「お返し」を
組織の一員として働く者にとって、「報告・連絡・相談」のいわゆる「ほうれんそう」の重要性は、改めて強調するまでもないだろう。玉置さんも、仕事の途中で疑問が生じたときなど、早め早めに「ほうれんそう」をするよう心がけている。
ところで、「ほうれんそう」は、部下が上役にする一方通行のものだと思われがちだが、玉置さんはプラスアルファで「お返し」をすることが大事だと説く。
部下や後輩が「ほうれんそう」をしてくれたら、どんなに忙しくても顔を上げて親身になって聞くようにします。そして「忙しいのにありがとう。引き続き、よろしくお願いしますね」と声をかけるのです。(本書より)
組織内のコミュニケーションが活発になる一つの秘訣だそうだ。
もう一つ留意したいのが、「相談には上司も部下も先輩も後輩もない」ということ。何かわからないことがあって、上司が部下に相談をするのは、なんとなくプライドが許さないという人もいるかも知れない。しかし、その考えは禁物だ。玉置さんも、パソコンの操作などで困ったことが生じると、70歳も年下の社員に「ちょっと助けてくれへん」と力を借りる。普段から風通しのいいコミュニケーションをとっていれば、それは難しくはないはずだとも。
通勤でよく歩くのが健康の秘訣
できるビジネスパーソンは、健康管理が必須だが、その点でも玉置さんに学ぶものは多い。
玉置さんは、「長年、病気らしい病気をしたことがない」と本書で語るが、ことさら摂生に努めているわけではないという。それでも食生活と運動には、気をつけている。
食生活については、「毎日決まった時間にバランスのとれた食事」をとる。
運動については、毎朝30分のヨガを欠かさない。ヨガは50年ほど続けているそうだ。
ヨガというと、身体が柔らかくないとできない特殊なポーズが思い浮かぶが、玉置さんが実践するのはヨガの呼吸法と瞑想。例えば瞑想は、次の要領で行っている。
ヨガの瞑想にはさまざまな方法がありますが、私が実践しているのは、自分にとって楽な姿勢で床にあぐらをかいて座り、背すじをピンと伸ばした状態で目を軽く閉じるだけのシンプルなやり方。それから瞑想に入ります。これでストレスが霧散するのです。(本書より)
もう一つの秘訣が「BMWで足腰を鍛える」。といってもドイツ車の話ではなくて、「B=バス、M=メトロ(地下鉄)、W=ウォーキング(歩く)」のこと。玉置さんは片道1時間かけて通勤をしている。まず自宅を出て、路線バスに乗って駅に向かう。地下鉄に乗り換えてから、会社の最寄駅までは20分ほど。降りたら会社まで徒歩5~6分の行程になる。この間、トータルで約3千歩歩く。車内では、空席がなければ立っていることもある。これで、知らないうちに足腰が鍛えられるそうだ。たまに「歩くのが速いですね!」と驚かれることもあるという。
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筆者は、興味半分で本書を手にとったのだが、書かれている内容は若く、仮に「42歳」と言われても驚かなかったろう。玉置さんよりずっと若いのに、悪い意味で年寄りくさくなっている自分を戒めたい気持ちになったが、それはそれとして、本書は年代問わずビジネスパーソンにおすすめできる良書だ。
【今日の仕事に役立つ1冊】
『92歳 総務課長の教え』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。