埼玉県東松山市で開催された比企一族キャストのトークイベント。左から山谷花純さん(せつ役)、草笛光子さん(比企尼役)、佐藤二朗さん(比企能員役)、成田瑛基さん(比企時員役)。(C)NHK

ライターI(以下I): 比企能員(演・佐藤二朗)とその一族が滅亡させられました。梶原景時(演・中村獅童)一族同様、族滅に近いやられようでした。

編集者A(以下A): 比企一族は頼朝(演・大泉洋)の乳母比企尼(演・草笛光子)を擁する一族です。流人時代の頼朝を物心両面で支えていたのは比企尼。具体的には、比企尼の婿安達盛長(演・野添義弘)を頼朝の側近として日常の世話をさせていました。

I:頼朝が亡くなった回で、茅ヶ崎から鎌倉に戻る際に、安達盛長とふたりっきりという演出がなされました。あの関係も比企尼との縁ということなんですね。

A:つまり頼朝としては、本来御家人としてはプライオリティNO.1なのが比企一族。そうした縁もあり、嫡男万寿誕生の際に、乳母を比企にしたということなのでしょう。劇中の頼朝も〈ひとつの家が力を持ってはいけないのだ〉ということをいっていましたし。

歴史を創ったのは比企尼?

I:さて、その比企一族ですが、8月7日にその本拠である埼玉県東松山市で、能員役の佐藤二朗さん、比企尼役の草笛光子さん、比企時員役の成田瑛基さん、せつ役の山谷花純さんが参加してのファンイベントが開催されたようです。

A:行きたかったなぁー! どうして呼んでくれないんですかね(笑)? 東武東上線に乗って駆けつけたのに(ぶつぶつ……)。比企一族ゆかりの地ですから、盛り上がったのではないでしょうか。今回はそこで話されたことを織り交ぜながら展開したいと思います。

I:まずは、比企尼を演じた草笛光子さんのコメントをどうぞ。

〈私は比企の家族になれてとてもうれしいですし、誇りです。「比企」という名前だけで少し、「上つ方(身分の高い人)」に見えますでしょう。それに、私は比企尼という人について、このごろやっと気がついたんですけど、すごい女性だったんです。頼朝を育てた、比企という家を育て上げた中世日本のすごい女性、と紹介されていた本を読んで、「ああ、私、間違った演じ方をしちゃったかな」と思うくらい。器の大きな、たっぷりとしたひとで、余計なことはいわないけど、ちゃんと要所要所に目が届いていて。頼朝のためにこの人たち(比企一族)も全部引き連れちゃうんですよね。みんなで頼朝を持ち上げた家族だったんです〉

A:そうなんですよ。草笛さんがいうように、比企尼が流人頼朝の面倒をみなければ、頼朝はどうなっていたかわからない。なにしろ、京生まれの源氏の貴種が、流人として地方に流されたわけですからね。歴史的に比企尼の功績は大きいですよ。

I:そういう中で、頼朝は北条政子と縁を結び、北条家を後ろ盾とすることにしたということですね。

A:北条政子と結ばれる前には、伊東祐親(演・浅野和之)の娘八重(演・新垣結衣)と結ばれていたわけですから、自らの庇護者を求めるということで、頼朝は伊豆の有力者の娘を狙っていたのかもしれないですね。

I:比企には頼朝と釣り合う娘がいなかったということではなくて、頼朝としては幅を広げたかったんでしょうね。さて、第31回では鎌倉殿頼家(演・金子大地)が倒れて、その後継者を比企一族が擁する一幡(演・相澤壮太)にするか、北条一族擁する千幡(後の実朝/演・嶺岸煌桜)にするかの暗闘が描かれました。

A:どうも史実を追っても比企能員は慎重というか、真面目というか、ここぞという時の思い切りがないような気がしていました。佐藤二朗さんもこんなふうにいっています。

〈僕が思う比企能員というのは、坂東彌十郎さん演じるライバルの北条時政と比べると、ちょっと地元の方には怒られちゃうけど、器が小さい人なのかもしれない。でも僕も当然、感情移入してひいき目に見ているから思うんですが、能員は自分の器の小ささとか、そういうことをちゃんと自分で引き受けた上で行動しているんだと思います。これは大変なことですよね。自分の至らないところを自分で認めるというのは勇気が要ることだと思うんだけど、能員はそれを飲み込んだ上で、でも時政に勝ちたいと思って、いろいろ政略結婚などをしかけていく。自分の欠点を認めているっていう、どこかチャーミングな人だと思って演じました〉

I:その比企能員を佐藤二朗さんが印象的に演じてくれました。多くの視聴者が比企能員に憎々しい感情を抱いたようです。私も「ちょっと比企、いらいらする」と感じちゃう時がありました。でも、「それでいいの? 北条もたいがい悪くない?」 とかさまざまな感情が押し寄せます。

A:ほんとうに悪いのは誰なんでしょうね? 視聴者の方もそれぞれの立場で考えてみたら楽しいかもしれません。

蹴鞠のシーンに登場した比企時員

I:東松山の会場には、比企能員の息子時員(ときかず)役の成田瑛基さんも参加していたようです。時員は頼家の側近。頼家が全成夫人の実衣(演・宮澤エマ)を引き渡すように掛け合った時にもいましたね。

A:史実では、御所で催される蹴鞠の常連だったようです。きっとうまかったのでしょう。成田さんも蹴鞠のシーンについてこんなふうに語っています。

〈僕は源頼家の側近6人衆のひとりだったので、登場シーンは蹴鞠をしているシーンが多くて、たくさん練習したんですよ。サッカーのリフティングとは違って、蹴鞠は右足の甲しか使っちゃいけないんですよね。でも僕はすごい才能が開花して、練習の時から100回くらい出来たんです(笑)。昔サッカーもやっていたんですけど、サッカーで50回くらいしかできなかったのになぜか蹴鞠では100回くらい。ただ、シーンとしてはうまくいったらいけないシーンだったので(笑)へたくそに見せる芝居が大変でした〉

A:以前、『サライ』の奈良特集で蹴鞠体験の取材をしました(2015年11月号)。鹿皮の本格的な毬でやらせていただきましたが、ほんとうに難しかったのを覚えています。サッカー経験者はすんなり入っていけるんですね。成田さんの話を聞いて、そんなことを思ってしまいました。

I:最後に佐藤二朗さんにもう一度登場してもらいましょう。

〈第30回~31回で、比企家に本当にいろんなことが起きます。きょう草笛さんがおっしゃっていたとおり、比企一族というのはとても品があったのではないかと思います。こんな血みどろの、生き馬の目を抜くような鎌倉時代にあって確かに、本質的に比企には品格があったんだと思えてよかったです。そして地元の皆さんともこうやって初めてお会いできてよかったです。引き続き大河ドラマをご覧ください。ありがとうございました〉

A:比企氏ゆかりの埼玉県東松山市でファンイベントが開かれたわけですが、同じ武蔵の畠山重忠の本拠は30kmも離れていない埼玉県深谷市。御家人間の暗闘の背景に思いを巡らせる時に、比企と畠山所領の微妙な距離も頭に入れておくと面白いと思います。

I:『翔んで埼玉』の鎌倉殿バージョンみたいな話ですね!

鎌倉・妙本寺にある比企一族の供養塔。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』、鎌倉歴史文化館学芸員の山本みなみ氏の『史伝 北条義時』などを担当。初めて通しで見た大河ドラマが『草燃える』(1979年)。先日、源頼朝のもう一人の弟で高知で討たれた源希義の墓所にお参りした。

●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2022年1月号 鎌倉特集も執筆。好きな鎌倉武士は和田義盛。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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