主婦として家族のために丁寧に料理を作り、46歳の時に料理研究家となった故・鈴木登紀子さん。96歳で逝去するまで、料理教室で料理を教え、数々のレシピ本を手がけました。そんな登紀子さんはこう言います。「料理は“手間”ではないの。命と心を育む大切な人間の営みなのです」。登紀子さんの著書『『誰も教えなくなった、料理きほんのき』から、食べる人のことを想い、お腹だけでなく、心も満たす登紀子さんの料理のエッセンスをご紹介します。
指導/鈴木登紀子
普段の料理にはかつおだしだけで十分
私のお料理教室ではお食事が終わったあと、必ず生徒さんに「今日はどれがお気に召しました?」とお訊きしています。すると、ほとんどの方が煮ものか、お椀ものを挙げます。「やさしいおだしの味わいにほっとしました」と、口を揃えておっしゃるのです。
世界文化遺産にも登録された日本料理を日本料理たらしめているのは、昆布やかつお節、煮干しなどで取るおだしです。おしょうゆやみそといった調味料ももちろん重要ですが、お肉やお魚、お野菜の持ち味を引き出し、絶妙な“うまみ“を創造するおだしは、日本の食文化の基盤です。
ところが残念なことに、今やおだしは“取る”ものではなく、市販の調味だしを“入れる”もの、汁椀はインスタントですませる……というご家庭が増えているとも聞きます。その一方で、「だしといえば昆布とかつおの削り節を合わせたかつお昆布だし」と決めつける風潮もあり、おだしが“面倒なもの”として考えられていることが残念でなりません。
おだしはけっして難しいものではありません。手順さえ覚えれば、誰でも簡単においしいおだしが取れます。
よく使うおだしの材料には昆布や削り節、煮・焼き干しなどがありますが、私は、普段のおみそ汁や煮ものにはかつおの削り節だけで十分だと思います。お鍋に湯を沸かし、削り節をむんずと片手でつかんで鍋に入れ、アクを取りながら2〜3分煮出しします。あとは冷めるのを待って、かたく絞った布巾か不織布タイプのキッチンペーパーで漉すだけです。気をつけていただきたいのは、鍋に蓋をしないこと、グラグラ煮立てないこと。昆布も削り節も煮立てて味を“引き出す”のではなく、適度な温度でうまみをじわりと“抽出する”ことが肝要なのです。
ちなみに私は、たとえばぶりなど、味の濃い具材を使うお料理には、おだしを水で3倍に薄めた「薄だし」を使うこともあります。また、かぼちゃはおだしを使わず、水と調味料だけで甘煮にしたほうがおいしい。具材によっては、おだしで口の中が嫌になることもあるのです。
母が好んだ「水だし」、煮干し・焼き干しの妙味
さて、それでは昆布だしはどんなお料理に使うのかと申しますと、すまし汁や和えもの、お魚を使った炊き込みご飯、冬は鍋ものなど、透明感がほしいお料理や、具材がもつ強いうまみを邪魔せずに引き立てるときに欠かせません。
母は、「水だし」を好んで使っておりました。昆布をはじめ、煮干し(焼き干し)、干ししいたけなどを、それぞれ水に浸してひと晩寝かせるのです。「夜のうちに、時間がおだしに仕立ててくれるのよ」とお千代さんは言っていましたが、なるほど、少々時間はかかりますが、水だしは失敗がありませんし、乾物になった昆布や片口いわしが水の中にもどされ、ゆっくりとほぐれてじわりじわりとうまみを開放していくのですから、格段においしいのです。
また、朝食のみそ汁には、前の晩にお鍋に水と煮干しを入れ、お猪口1杯ほどのお酒を加えておきます。朝起きたときには、おいしいおだしができあがっているというわけです。
煮干しは取り出さずにそのままみそ汁の具材に。私は焼き干しも愛用していますが、暮れの忙しいとき、たっぷりの焼き干しのおだしに乱切りにした大根を入れ、お酒とおしょうゆを少し加えて、コトコトと火にかけておきます。大根の甘みがよく引き出されて得もいわれぬおいしさ。このように素朴なおかずは、お腹も気持ちもほっと和ませてくれます。
昆布はやっぱり北海道産
昆布はできるだけ上等なものを使いたい。昔から利尻や羅臼、日高の昆布がよいと言われている。味わいが深く上品で、ほんの少しの量でもコクのあるだしが取れる。
いろいろな「だし」がある
魚の頭や中骨、鶏がらなどもコクのあるだしができる。魚の頭や中骨は塩をふってから熱湯を、鶏がらはそのまま熱湯をかけ、最後に水で洗って臭みを取って、煮出す。最近は飛び魚(あご)のだしも上品で味が深くなると人気。
おだしに浸すから「ほうれん草のおひたし」
「ほうれん草のおひたし」はどうやって作る? ほうれん草をゆで、水気を絞り、糸削りをあしらって……さて、味つけは如何に? 「しょうゆ」と答えた方、残念。あなたが作ったのは、おひたしではなく、「ゆでほうれん草のおしょうゆがけ」。ほうれん草のおひたしは、ほうれん草をだしに“浸す”から「おひたし」なのです。
汁ものの基本4か条
汁ものの味は、だし汁で決まります。お吸いものは、できるだけ上等な昆布と削り節を、布巾で漉して濁りのない風味豊かな一番だしを取りましょう。
1.お吸いもの用とみそ汁用、だしを使い分ける
だしはグラグラ煮立てるとクセや濁りが出るのでご注意を。みそ汁は、上品に仕上げたいときは濃いめの一番だしを使いますが、普段用ならかつおだしやコクのある煮干しだしを。煮干しは苦みや臭みが出ないように頭とわたを除いて、アクをすくい取ります。
2.しょうゆ、みそは最後に加えて風味よく仕上げる
しょうゆやみそは、長く煮ると風味が飛んでしまいます。お吸いものはまず塩を加え、塩が溶けたら味見をして薄口しょうゆを加えます。このときの味つけは、やや薄味にしておいたほうが最後までさっぱりとおいしいですね。みそは、豚汁のように具にみそ味をつけたいときは、半量を先に溶き入れておき、風味づけに最後にもう半量を加えます。
3.夏は辛め、冬はやや薄味に。季節に合わせてみそを使い分ける
みそはこうじの種類によって、米みそ、麦みそ、豆みそなどがあり、産地ごとにそれぞれ違った味わいがあります。特徴を覚え、料理はもちろん、季節にも合わせて使い分けましょう。暑い夏にはさっぱりと辛めにし、寒い冬にはやや薄味にすると喜ばれます。また、2種類のみそを合わせて使うと、よりコクのある味わいになります。慣れてきたら、わが家の“合わせみそ”を楽しんでみてくださいね。
4.お吸いものは、香りを添える吸い口が入って完成
お椀の具は、正式には椀だね、椀づま、吸い口の3種類があり、この3つが揃って完成です。椀だねはおもに動物性の食材、椀づまはそれに添える野菜、吸い口は春は木の芽、夏は青ゆず、秋・冬はゆずが定番です。そのほか、七味唐辛子、こしょう、粉山椒などの辛味も吸い口になります。色、味、香りのバランスを考え、仕上げの吸い口も忘れずに加えましょう。みそ汁でもちょっと物足りない、というときは吸い口を添えると香りが増しておいしくなります。
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『誰も教えなくなった、料理きほんのき』(鈴木登紀子 著)
小学館
鈴木登紀子(すずき・ときこ)
日本料理研究家。1924年(大正13年)青森県八戸市生まれ。2020年、96歳で逝去。
自宅で始めた料理教室をきっかけに、46歳のときに料理研究家としてデビュー。以来、料理教室を続けるかたわら、「今日の料理」(NHK)をはじめとするテレビ、雑誌、WEBメディア等で、家庭料理にこだわった和食の心を伝えている。その軽妙で上品な語り口とともに、「ばぁば」の愛称で人気を博す。1974年出版の『酢のものあえもの』(共著・宮野和子 グラフ社)をスタートに、『「ばぁばの料理」最終講義』(小学館)、『ばぁばの100年レシピ』(文化出版局)など著書は60冊を超える。