18世紀後半にイギリスから始まった産業革命によって、生産活動の中心は「農業」から「工業」に移り、社会に大きな変化をもたらした。『ジョン スメドレー』は、産業革命初期の1784年にイギリスで創業された老舗のニットメーカーだ。創設者はピーター・ナイチンゲールと、ブランド名の由来にもなっているジョン・スメドレーのふたり。ピーターは「クリミアの天使」と称された看護師フローレンス・ナイチンゲールの叔父にあたる。設立当初は綿花の紡績と生地づくりを行なっていたが、18世紀終わりごろには編み物や靴下製造まで手を広げていった。
現在の『ジョン スメドレー』の礎を築いたのはジョン・スメドレーの息子であるジョン2世。製品を完全に仕上げるために必要な全工程は一貫して工場内で行ない、原料にも最上級の品質を用いるべきとの理念を掲げ、工場の近代化と拡大を図った。使用する素材は彼の理念が完全に反映されたものばかり。ウールには牧場と直接契約したニュージーランド産のメリノウールを使用。コットンは絹のような肌触りを持つシーアイランドコットンを採用。このふたつの素材を主力にして、現在もイギリス国内で生産を続ける稀有なブランドだ。
イギリスの老舗だけあって、女王陛下と皇太子殿下から王室御用達の称号を授与されているが、トム・クルーズやショーン・コネリーなどの著名人にも同ブランドの製品は愛用された。最近では映画『007スカイフォール』で、ダニエル・クレイグ演じるボンドも同ブランドのセーターを着用する。
30ゲージの上質なポロシャツ
同ブランドを代表するニットポロシャツ「アイシス(ISIS)」の誕生は、1930年代。90年近くにわたってロングセラーを続けるモデルだ。素材に使われているのは同ブランドを代表するシーアイランドコットン。世界的にも稀少な編み機を使い、この素材を30ゲージという高密度で編み目の細かいニットのポロシャツに仕上げている。薄くソフトで軽量。着心地も快適そのもの。流行に左右されないクラシックなデザインで、シルエットもややゆったりとしているのが大きな魅力だ。
このポロシャツのいちばんの特徴は「フルファッションドカラー」と呼ばれる襟のデザイン。襟の先端に行くに従って糸目を減らしていく「減らし目」の技法で編まれている。「この襟は機械のクセから生まれた、ある種偶然の産物です。この工場で50年稼働している機械で、この小さな襟を編むのに5分ほど掛かってしまう」と、同ブランドで45年働く職人のステファン・ファインズさんが話す。職人技が香る襟のデザインと上質さが漂うコットン素材とが相まって、一枚で大人の雰囲気を演出してくれる稀少なポロシャツだ。
文/小暮昌弘(こぐれ・まさひろ) 昭和32年生まれ。法政大学卒業。婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)で『メンズクラブ』の編集長を務めた後、フリー編集者として活動中。
撮影/稲田美嗣 スタイリング/中村知香良
※この記事は『サライ』本誌2022年8月号より転載しました。