101歳のいまも活躍する現役の日本最高齢ピアニスト、室井摩耶子さん。自分らしく、幸せに生きるコツは、「わたしという『個』、わたしの『心とからだ』の声に従ってきたから」だと言います。そんなマヤコさんの生きる指針をご紹介します。「人生100年時代」と言われるいま、将来の暮らしに漠然とした不安を持っている方のヒントになるはずです。
文/室井摩耶子
胸を張って「わたしは古い人間です」と言う
「わたしは古い人間ですから」
これ、わたしが最近、気に入っている言い回しです。
昔は(わたしにも若いころがあったんですよ)、「古い」という言葉はいかにもネガティブで、好きではありませんでした。でも最近は、エヘンと胸を張って「わたしは古い人間です」と宣言しています。
わたしが60代に足を掛けはじめたころ、当時、70代だったわたしの友人が、こんなことを口にしました。
「人間って70代に入ると、途端に年老いたって感じるものよ」
そのときは「ふーん」と取り合わなかったのですが、いまとなると、その友人の言っていた「老い」に思い当たります。世間の動きは走馬灯のようにめまぐるしく、簡単にはついていけません。目が回りそうと思いながら、これが「老い」なのだと、ひとり頷いています。
70歳になった友人の悩み
先日も、70歳になったばかりの友人とタクシーに同乗していたら、急にこんなことを言い出しました。
「もう、いまどきの若い人たちと、わたしたちのような古い人間は話ができませんねぇ。ひとつも話が合いません」
もう死んだほうがましだ、と言わんばかりなのです。
「どうしたの?」
「このあいだ、A子ちゃんと話をしていたんです。そしたら話がクラシック音楽のことになってね。それで“良いクラシック音楽を聴くと、本当に涙が流れてきそうになるのよ”と言ったら、なんと返してきたと思います? A子ちゃん、“え? クラシックで涙を流す? そんなこと、あるんですか?”ですって」
上質なものまでごみ箱に?
自分のことを「若い」と信じて疑わず、自分は「正しい」と思っている友人にとって、自分と気が合うと思っていた若い知人から、「クラシックで涙を流す」ことを否定されたことは、この世の終わりのように思えたのでしょうね。わたしも話を聞いていて、別の意味で悲しくなりました。
こうやってあらゆる文化が――クラシック音楽のような上質なものまで、「古い」と括られて、ごみ箱に捨てられていくのですね。では「古い」ってなんでしょう?
わたしの若いころも「古い考え方」という言い回しには、軽蔑の意味が含まれていました。めまぐるしく変化するこの時代は、古くなるスピードも、昔より速いでしょう。だったらわたしは古いままでいいや。
長く生きてきたぶん、「わたしの頭陀袋」はパンパンに膨らんでいますが、だからこそ、豊かな心持ちで生活できています。古くて大いに結構。わたしは古い人間です。
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『マヤコ一〇一歳 元気な心とからだを保つコツ』(室井摩耶子 著)
小学館
室井摩耶子(むろい・まやこ)
大正10年4月18日、東京生まれ。6歳でピアノを始める。東京音楽学校(現・東京藝術大学)を首席で卒業後、同校 研究科を修了。昭和20年1月に日本交響楽団(NHK交 響楽団の前身)演奏会でソリストとしてデビュー。昭和30年、映画『ここに泉あり』にピアニスト役(実名)で出演。昭和31年にモーツァルト「生誕200年記念祭」に日本代表としてウィーン(オーストリア)へ派遣され、同年、第1回ド イツ政府給費留学生としてベルリン音楽大学(ドイツ)に留学。以後、海外を拠点に13カ国でリサイタルを開催、ドイツで「世界150人のピアニスト」に選ばれる。59歳のとき、演奏拠点を日本に移す。CDに『ハイドンは面白い!』など。平成24年、新日鉄音楽賞特別賞を受賞。平成30年度文化庁長官表彰。令和3年、名誉都民に選定される。101歳のいまも活躍する現役の日本最高齢ピアニスト。