チャールズ・リンドバーグの大西洋単独無着陸横断に先立つ1923年。アメリカ陸軍航空隊のジョン・マクレディ中尉が「飛行船」による大陸横断に成功した。実は『レイバン』の歴史はこのときから始まるのだ。飛行船による横断は飛行機より時間がかかる。そのため、高空域で長時間の太陽光線を受けることで、眼球疲労や視力低下を招き、頭痛や吐き気にも悩まされた。そこでマクレディ中尉は当時、優れた光学製品メーカーだったアメリカの『ボシュロム』に「眼を守る道具」を依頼。6年後、のちに「レイバン・グリーン」と呼ばれる紫外線99%、赤外線96%を遮断する画期的なレンズの開発に成功する。
このレンズを装備した「アビエーター」が、1930年にアメリカ陸軍に制式採用される。このモデルは連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサーが愛用したモデルとして有名だ。1936年、その実績を踏まえてこのサングラスが一般向けにも販売されるが、翌年『ボシュロム』はこのサングラスのブランド名を『レイバン』とした。その名前は光線(RAY)を遮断する(BAN)という意味で付けられたものだ。
新しい文化と流行の象徴
同ブランドでいちばん有名なモデル「ウェイファーラー」が誕生したのは1952年。同ブランドがファッションを目的として発売した最初のモデルだ。’50年代のアメリカといえば、第二次世界大戦が終わり、アメリカンドリームを夢見ながら誰もが消費文化を謳歌した時代。新しい文化や流行を先取りできるアイテムとして若者たちを虜にした。
「ウェイファーラー」の特徴は「ウェリントン」タイプと呼ばれる伝統的な眼鏡のデザインと、黒のセルフレームの存在感にあるだろう。
太い特徴的なテンプル(つる)はこのモデルを象徴するデザインのひとつ。フロント部分には傾斜角がつき、わずかに前傾気味になっている。このデザインが掛ける人にシャープな印象をもたらす。男性だけでなく女性にも合う。
「ウェイファーラー」は、著名人に愛用されたサングラスとしても知られている。ボブ・ディラン、ビリー・ジョエルなど多くのミュージシャンが愛用する。’80年代になると、「ウェイファーラー」は映画に多数登場し、話題を集めた。『ブルース・ブラザース』ではダン・エイクロイドとジョン・べルーシが、『卒業白書』ではトム・クルーズが掛け、知名度を一挙に上げた。このサングラスを掛けるだけで映画の主人公や有名ミュージシャンのようになれると、多くの人の変身願望や憧れを喚起し、その地位を不動のものとした。
「眼を守る」道具としての機能と確かな歴史、完成されたデザイン。世界で最も有名なサングラスと言われる所以がここにある。
文/小暮昌弘(こぐれ・まさひろ) 昭和32年生まれ。法政大学卒業。婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)で『メンズクラブ』の編集長を務めた後、フリー編集者として活動中。
撮影/稲田美嗣 スタイリング/中村知香良
※この記事は『サライ』本誌2022年7月号より転載しました。