でき得る限り、減農薬で育てた自家農園の野菜。これら季節ごとの野菜料理が並ぶ朝食が、こども園園長の元気の秘訣だ。
【森 往子さんの定番・朝めし自慢】
「失礼します。お借りしたものをお返しに来ました」
と、大きな声でスタッフルームに一礼する男児。年長クラスのひとりだろうか。その大人顔負けの礼儀正しさに感嘆していると、
「ここではのびのびと開放的に遊ぶのはもちろんですが、言葉と作法を大切にしています。日本人としての道徳心、正しい生活習慣を身につけてもらいたいからです」
と、「認定こども園いのやま」の森 往子(みちこ)園長が語る。
昭和25年、福島県に生まれた。小学6年の時に一家で横浜に移住。横浜女子商業学校(現・中央大学附属横浜中学校・高等学校)卒業後、農協に勤務する。そこで知り合った夫君と20歳で結婚。
「ふたりの娘を産む時しか休んだことがありません。9人家族の農家の嫁として目まぐるしい日々を送ってきました」
地主だった義父は昭和56年、3000坪という広大な土地を生かして幼稚園を開園。森さん50歳の時、転機が訪れた。前園長である義父の、“後はお前に任せる”というひと言で園長職を引き継ぐことになったのである。
“いのやま農園”の旬の野菜
幼稚園という未知の世界を知るために、まずは学校に行こうと鎌倉女子大学児童学部児童学科に入学。幼稚園教諭資格と併せて小学校教諭の資格も取得する。さらに65歳の記念にと、保育士の資格も得た。日々子どもたちと触れ合うなかで痛感したのは、食育である。
「子どもたちに母親の手作り弁当も食べさせたいので、当園では週2日はお弁当、3日が給食です」
幸いなことに園には義父が残してくれた梅林や“いのやま農園”がある。子どもたちは梅もぎや野菜を種から育てて収穫する喜び、味噌造りなども体験する。こうして食への感謝と命の尊さを学ぶのだ。森家の朝食には、その“いのやま農園”の野菜や自家梅林の梅で作る梅干しが欠かせない。
「梅干しは義母から教わった昔ながらの塩っぱい味ですが、最近は氷砂糖を粉にして3回ぐらいに分けて入れ、塩味を和らげています。野菜は自給自足で、買ったことがありません」
生命力あふれる旬の野菜が、園長の健康を支えている。
日本の伝統、文化、芸術、日本人の誇りも伝えたい
義父が開園した認可幼稚園は平成21年に保育園を併設し、「認定こども園いのやま」として再出発した。さらに昨年2月には、児童発達支援・放課後等デイサービス「こども発達支援ビーンズキッズ&ジュニア」も開始。0歳~6歳までの350人が学んでいる。
「吉田松陰に“学とは人たるゆえんを学ぶべし”という言葉がありますが、当園で大切にしているのは先人たちが残してくれた伝統、文化、芸術、そして日本人としての誇りも受け継ぐことです」
前園長は“どんど焼き”や“ 雛祭り”“ 端午の節句”などの伝統行事を欠かさなかった。森さんはそれらに加えて、茶道の稽古と音楽会を取り入れたという。
「子どもたちは4月に茶道の心である“ 和敬清寂”という言葉に初めて触れ、和=仲良くすること、敬=感謝の気持ち、清=心も身体もきれいにすること、寂=我慢することなどを、3年間の茶道の稽古を通して学ぶのです」
音楽会では友達と心をひとつにして美しいハーモニーを奏でる。その練習の過程で仲間と協力して頑張ることを覚えるという。
※この記事は『サライ』本誌2022年6月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆)