文/印南敦史

昭和22年〜24年に生まれた第一次ベビーブーム世代を「団塊世代」と呼ぶが、今回紹介する『団塊絶壁』(大江 舜著、新潮新書)の著者である大江 舜氏が生まれたのは昭和23年とのことなので、まさに「団塊どまんなか」ということになる。

ひとまわり下の世代である私は、正直なところ団塊世代が基本的に苦手だ。理由を書き始めるとキリがなくなるのでやめておくが、そのあたりは著者もおわかりのようで、自身の世代のことを「騒がしく、ややこしく、世にはばかる、迷惑な大集団。やりたい放題、いい思いばかりしやがってと、若い世代にはなにかと評判が悪い」と認めている。

大切なのは「善く生きる」こと

もっとも、当の団塊世代は深刻な問題を多く抱えている。追い詰められた団塊世代の先にあるのは、目もくらむばかりの絶壁。まさに「団塊絶壁」である。(中略)
絶壁の周りに広がるのは、認知症、貧困老人、健保の破綻……。
いっそのことがんになり、カウントダウンのつく余命でも、老人ボケ、痴呆、認知症になるより良くはないか。そう考え、ウディ・アレンの奇妙な三段論法にニヤリとするなら、あなたは立派なソクラテスである。(本書10ページより引用)

古希と呼ばれる年齢(70歳)まで生きたのだから、残されたあとの人生はオマケ。だったら残された人に余計な迷惑をかけないように、自身の最期くらい責任を持ちたい。ただ生きるのではなく、大切なのは「善く生きる」こと。

そして、どうやって善く死ぬか、死ねるかを、しっかり考えるべき。著者によれば、それが本書のテーマだ。

問題が問題であるだけに、読者は要所要所で考えさせられることになるだろう。たとえば個人的にいちばんこたえたのは、認知症と人間関係に焦点を絞った第1章「『人間関係』が左右する認知症」だった。ことの深刻さをより強く訴えかけられるだけに、この話題を冒頭に持ってきたのは正解だといえるだろう。

団塊の世代は現実の厳しさから目をそむけるな

人間が壊れていくと、心のない機械となんら変わらなくなる。典型的な仕事人間があぶない。会社を辞めて社会との関わりが薄くなってから変化が訪れるようだが、いまの団塊の世代、はたして10年後まで「五体満足」かつ頭脳の「正気」を保てるか。(本書11ページより)

こうしたイントロダクションを経て紹介されるのは、折り目正しく几帳面な性格だったという某有名企業の元社長が壊れていくプロセスである。その描写は痛々しいほどなのでページを飛ばしたくもなるが、きちんと読んでおくべきなのだろうとも感じる。

そしてさらにショッキングなのは、続いて登場する堺屋太一氏の言葉だ。いうまでもなく、元経済企画庁長官である氏は「団塊」の名づけ親である。

「いまに団塊老人の運転する車が日本の国中にあふれ、歩道に乗り上げるわ、電柱をなぎ倒すわ、人を轢き殺すわで、特養老人ホームならぬ特養交通刑務所あたりが必要になるのだろうか」という著者の疑問に対し、「団塊絶壁とは、まさにその通り」としたうえで、こう答えているのである。

「ソクラテスは<生きるために食べよ、食べるために生きるな>と言いましたが、これから団塊の世代は薬漬けになり、何もできずただ生きることになる」
でも、堺屋氏が心配するのはむしろ、「団塊の世代」がいなくなるまでの日本だ。
「これから10年のうちに地獄の風を吹かせて大改革が必要です」(本書24ページより引用)

かくして本書においては、人間関係、老人ホーム、がん特効薬・最先端医療、お金の問題、セックスの問題、安楽死、葬式などさまざまなことがらについての考察がなされていく。

そこに描かれるのは希望のない未来だが、とはいえそれらは、私たちが目を背けるべきではない問題でもあるはずだ。だから熟読しなければならないのだが、ここで印象的なことがある。これだけテーマが重たいのに、不思議なほどスラスラ読めてしまうのだ。なぜなら著者の文体が適度にユルく、ときにユーモラスでもあるからだ。

とはいえ単に楽観的だというわけではなく、著者は本書の執筆に際して思い悩みもしたようだ。

取材をすすめ、現実を見つめれば見つめるほど、現行のトーンがどんどん暗くなっていくのです。本当のことばかりを読者に突きつけていいものだろうか。
しかし、ちょっと待てよと考えました。死を見つめることは、裏をかえせば、あまりの限られた時間をどのように生きるべきかを哲学することになる。
そう考え直すと一条の光が差してきました。そこで団塊世代の「遺書」ではなく、ユーモアをまじえた「マニフェスト」として書くことにしたのです。(本書「あとがき」より引用)

軽妙な文体の裏側に、こんな思いが隠れていたとは驚きだ。しかしそれは、「老い」や「死」について考えることの難しさをも言い表しているようにも思える。

【今回の定年本】
『団塊絶壁』
(大江 舜著、新潮新書)

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文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「七人のブックウォッチャー」にも参加。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)などがある。新刊は『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。

 

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