文・写真/倉田直子(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)

オランダというと、どんなイメージがあるだろう。オーソドックスなところでは風車、木靴、チューリップ。またはアムステルダムの飾り窓(歓楽街)や大麻の寛容政策かもしれない。そして近年では多くの有名DJの出身国であり、2021年はF1グランプリのホスト国になったという側面ももつ。そんな多様な魅力をもつオランダは、実は「ビール大国」でもあるのだ。オランダはEUで最大のビールとノンアルコールビールの輸出国であるという統計結果がある。更にあの「ハイネケン」(Heineken)はオランダ発祥でもあるのだ。
今回はそんなビール大国オランダの中でも、「最も美しい」といわれるビール醸造所兼パブをご紹介したいと思う。

ハールレムとビールの歴史

ハールレムの街並み


その醸造所は、首都アムステルダムから西に約20kmの場所ハールレム(Haarlem)という街にある。醸造所を紹介する前に、少しだけハールレムとビールの歴史ストーリーにお付き合いいただきたい。

当時の面影を残すハールレム駅

ハールレムはオランダの北ホラント州の州都であり、中世は織物工業や園芸栽培などで栄えた産業都市でもあった。オランダ初の鉄道(1839年)がアムステルダムとハールレムの間で開通したことからも、街の重要性がうかがえる。余談だが、アメリカのニューヨークにあるハーレム地区の名は、このハールレムに由来している。17世紀にアメリカに移住したオランダ系移民たちによって命名されたといわれている。

そんなオランダの産業都市ハールレムは、多くのビール醸造所を有する街でもあった。14世紀には、すでにハールレムでビール醸造が始まっていたという記録も残っている。オランダの「黄金時代」とも称される17世紀中盤には、ハールレムで6千750万リットルが醸造されていたそうだ。現代日本人の年間平均ビール消費量が40.2リットルだといわれているので、単純計算で約168万人の喉を一年間潤せるという計算になる。

しかし18世紀以降、高い物品税の負荷とコーヒー、紅茶や他のアルコール類の人気に押され、ビールの生産量が急激に減少してしまう。1916年には一度、ハールレムからすべてのビール醸造所が姿を消してしまった。

きっかけは街の750周年祭

広場に面するハールレム市庁舎

そんな長いハールレムのビール空白時代を破るきっかけとなったのは、「街の誕生750周年祭」。1994年にハールレムが自治体として成立してから750年を迎えるにあたり、地元のビール関連財団が15世紀のハールレムで醸造されていたビールの製法を再現したのだ。そしてその後、財団は「Jopen」(https://www.jopenbier.nl/)という名のビール会社として営業するようになった。

けれどこの「Jopen」は、しばらくは他社の醸造所に間借りをして醸造するスタイルをとっていた。彼らが一躍有名になるのは、自分たちの醸造所を所有してからのことだ。それは、その場所のプロフィールに秘密がある。

廃教会を美しいビール醸造所に

教会を改造した「Jopen Kerk」

2006年に「Jopen」が買い取ったのは、古い廃教会だったのだ。1910年に建設され、地元民の信仰の場となってきたその教会も、1975年に教会としては使用されなくなっていた。その後はギャラリーやアートの展示スペースとなっていたのだという。その廃教会を5年の歳月と約200万ユーロ(2億5千8百万円程度)かけて改修し、2011年にビール醸造所およびパブの「Jopen Kerk」としてオープンしたのだ(Kerkはオランダ語の「教会」)。

元教会の高い天井が印象的な内部
ステンドグラスとビールタンクというミスマッチが魅力

ビールのクオリティもさることながら、人々の目を引いたのはその内装。醸造タンクや貯蔵タンク、バーカウンターといった世俗的なアイテムに、かつての教会の姿を連想させる荘厳なステンドグラスなどの要素をうまくミックスさせたインテリアが話題を呼んだのだ。

タンクに隣接する中二階スペース
広々とした中二階のレストランスペース

そして増設された中二階は、階下のにぎやかなバーとカフェスパースから若干離れたレストランにスペースとなっている。美しいインテリアとビールタンクに囲まれながら楽しむ食事とビールは、さぞ美味だろう。

オランダで最も美しいバー「Jopen Kerk」

様々な賞を受賞している「Jopen Kerk」

この斬新な「Jopen Kerk」は、すぐにオランダ国内から注目されることになる。2012年には「最高のホスピタリティコンセプト・アワード」でホスピタリティ&スタイル賞を受賞し、2013年には「オランダで最も美しいバー」、2014年には「ハールレムで最も美しい場所」に選ばれたのだ。

オリジナルグラスでサーブされるJopenビール

その建物に注目がいきがちだが、ビールそのものも高く評価されている。オランダ国内のみならず、国際的な「ワールド・ビールアワード」や「ヨーロピアン・ビールスター」といったビールアワードの受賞が恒例となっている。

スーパーの棚をJopenビールが占領

そして地元ハールレムのスーパーマーケットでは、Jopenブランドを冠した様々な種類のビールが棚を独占している。地元の人々にも、深く愛されているビールなのだ。

旅行の際には、その土地の食べ物とアルコールを堪能するのも旅の楽しみのひとつだろう。オランダ旅行の際には、レストランや立ち寄ったスーパーに「Jopen」のビールがラインナップされていないかぜひ探してみてほしい。

「Jopenkerk」
住所: Gedempte Voldersgracht 2, 2011 WD Haarlem, The Netherlands
電話番号:+31 (0) 23-533-4114
公式ホームページ www.jopenkerk.nl/haarlem

文・写真/倉田直子(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)
北アフリカのリビア、イギリスのスコットランドでの生活を経て、2015年よりオランダ在住。主にオランダの文化・教育・子育て事情、タイニーハウスを中心とした建築関係について執筆している。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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