3週ぶりに再開された『青天を衝け』。フランスから帰国したものの「職場」が消滅していた篤太夫。血洗島の故郷に帰郷するが……。
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ライターI(以下I):第26話は、フランスから帰国した篤太夫(演・吉沢亮)が、血洗島に帰郷する場面から始まりました。
編集者A(以下A):「国敗れて山河あり。何もかもかわっちまったと思ったが、ここだけは何も変わっちゃいねえ」という台詞は胸熱でしたね。何があっても故郷だけは自分を快く迎えてくれる。
I:私は、篤太夫の妹てい(演・藤野涼子)が篤太夫をなじる場面が印象的でした。ていのいうことももっともです。古今東西、合戦や戦争で繰り返される悲劇ですよね。
A:もうひとつ考えさせられたのが、フランスで高級ホテルに宿泊し、欧州の発展を目の当たりにしてきた篤太夫が血洗島に帰る道すがら、どのようなことを考えていたのかと。
I:確かに、高級ホテルの空間と血洗島の農家の空間の違いは歴然でした。徳川幕府の仕事で時代の最先端を見聞した篤太夫ですが、帰国したら職場は消滅していた。故郷の農村の姿を見たときに、欧州の人々の暮らしぶりとの落差を間違いなく感じたでしょうね。
A:この時点の篤太夫はまだ何者でもない存在で、同じくパリに渡った優秀な同僚たちも含めて世の中に放り出された若者でしかない。前回のパリから場面が血洗島に転じたことが期せずして篤太夫の境遇をうまく描いていたのだと感じました。
I:そういう意味でいえば、傷心の篤太夫を描くのではなく、久しぶりに会った故郷の人々にエレベーターや鉄道の体験を嬉々として語る姿をクローズアップさせたのは、これから始まる明治という新時代を駆けあがっていく渋沢栄一を予見させる演出だったのかもしれませんね。
A:パリと血洗島の対比ということで、愛知県犬山市の「博物館 明治村」に行った時のことを思い出します。「明治村」には、60を超える建造物がありますが、一丁目エリアに建つ「西郷従道邸」と「森鴎外・夏目漱石住宅」。前者は西郷隆盛の弟の従道が明治10年代に今の目黒区に建てた瀟洒な洋館。後者は明治20年代の建築で、ふたりの文豪が暮らした住宅です。政府高官と文豪の住まいの「格差」に驚かされたものでした。
I:それが「明治」ですよね。「まだ何者でもない」篤太夫がどのように飛躍していくのか、そして大河はそれをどう描くのか。注目ですね。
民部公子昭武が住んだ松戸の住居
A:徳川慶喜(演・草彅剛)と篤太夫の再会も印象深い場面でした。慶喜の零落ぶりがものすごくうまく演じられていたと感嘆しました。
I:紀行でも取り上げられていましたが、慶喜が謹慎していた宝台院は家康の側室西郷局の菩提寺。西郷局は2代将軍秀忠の生母ですから、徳川家ゆかりの寺院。ここで慶喜は14カ月ほど謹慎生活を送ったのですよね。ちなみに静岡市内には今川家の人質になっていた幼少時の家康が預けられていた臨済寺もありますね。こちらの扁額は慶喜が揮毫したもののようです。
A:慶喜との再会の席上では徳川昭武(演・板垣李光人)のパリでの活躍ぶりが語られました。慶喜と昭武は生母が異なりますが、ほんとうに仲がよかったようですね。
I:千葉県松戸市には明治以降に昭武が暮らした「戸定邸(とじょうてい) 」がまだ残されています。美しい庭園と関連資料を展示する歴史館がありますね。「ああ、民部公子はここで暮らしていたんだ」と感動しながら散策しましたが、慶喜も何度か訪れて、兄弟で写真を撮ったりしたそうです。
A:地方の自治体だったら「大河ゆかりの地」ということで、幟(のぼり)などを作って大々的にPRするのでしょうが、JR松戸駅から歩いて約10分という立地にもかかわらず、現状、やや盛り上がりにかける感じですね。これも新型コロナの影響だと思いますが、「民部公子」「プリンス・トクガワ」の息吹を感じることのできる「史跡」になっています。
I:ちなみに松戸市の広報誌「広報まつど」(8月1日号)には昭武役の板垣李光人さんが戸定邸を訪れた時の写真が掲載されていました。ファンの人だったらほしくなるような写真でしたよ。駿府時代の慶喜は、狩猟や写真撮影、絵画など趣味三昧の日々を送っていたようですね。そういえば、『青天を衝け』では北大路欣也さんが演じる徳川家康がナビ役を務めていますが、Aさんはどう受け止めていますか?
A:こうした役回りの最初は95年の『八代将軍吉宗』の紀伊国屋文左衛門(演・江守徹)が思い出されます。その後も『葵 徳川三代』(2000年)では中村梅雀さん演じる水戸光圀がナビ役を務めていましたから、そんなに違和感はありません。わかりやすくていいと思います。ただ、小学4年生とか5年生で『青天を衝け』を熱心に見ている子供たちが心配です。家康=北大路欣也というすり込みがされた場合、2年後の『どうする家康』で松本潤さんが演じる家康を素直に受け入れられるでしょうか。
I:もう少し配慮してほしかったということですね。
A:(笑)。慶喜が東京に戻ったのは明治も30年代になってからです。そして、昭和になってから会津藩の松平容保(演・小日向星一)の孫が秩父宮雍仁親王に嫁いで勢津子妃、慶喜の孫が高松宮宣仁親王に嫁いで喜久子妃となりました。皇室は、幕末に朝敵となった二家と縁を結んだわけです。その懐の深さに感じ入ります。
I:明治維新の際に「朝敵」となった慶喜、容保が昭和になって名実ともに赦免されたんですね。
●大河ドラマ『青天を衝け』は、毎週日曜日8時~、NHK総合ほかで放送中。詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/
●編集者A:月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。函館「碧血碑」に特別な思いを抱く。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり