文/柿川鮎子
定時になると小窓が開き、鳩が中から出てきて時を知らせる鳩時計は、日本でもおなじみのからくり時計です。
デジタルが普及した現在でも、若い世代が新築祝いに購入したり、孫の誕生を記念して祖父母がプレゼントするなど根強い人気を誇っています。
もともとは、ドイツ南西のシュヴァルツヴァルト(黒い森という意味)がその発祥の地で、17世紀頃には時計を背中に担いだ行商が、旅をしながら時計を売り歩いていたという記録が残されています。
でも実はこの鳩時計、ドイツでは「クックス・ウアー」と呼ばれており、クックスはカッコウを表します。つまり本来は「鳩時計」ではなく「カッコウ時計」なのです。英語でもフランスでも、やはり「カッコウ時計」。鳩時計と言っているのは日本だけなのです。
では、なぜ日本ではカッコウが鳩になったのでしょうか? 素朴な疑問を、国内唯一の鳩時計専門店『森の時計』代表の芹澤庸介さんに聞いてみました。
芹澤さんはドイツ鳩時計協会(VdS)日本初会員で、同店のクロックマイスターでもあります。
「日本で最初に鳩時計を販売したのは手塚時計という会社だといわれています。創業初期の手塚時計はドイツから輸入した鳩時計を国内で複製し、海外に販売していたようです。
国内で販売する時、カッコーという名前だと、閑古鳥のカッコーとなり、顧客がいない悪いイメージでした。托卵する鳥として知られ、親が他の巣に卵を産んで育てさせるというのも、育児放棄的であまりイメージがよろしくない。
そこで、戦後、平和の象徴でもある鳩にした様です。鳩時計の音はポッポーポッポーと鳩に聞こえますし、カッコー時計は鳩時計になったのでしょう」
そう芹澤さんは説明してくれました。なんとも意外な経緯ですね。
さらに芹澤さんによると、カッコーの声はドイツでは子どもをあやす時によく使われ、優しく可愛らしいイメージなのだとか。
「クックーという言葉は、赤ちゃんや幼児に対して日本人のお母さんがよくやる“いない、いないバー”的な感じで使われますよ。幼児に対して『ハロー』とか、『おっはー』みたいに、ベビーバギーなどに向かって『クックー』って言っていますね。子どもはそれを聞いてキャッキャッとご機嫌に笑う。鳩時計はそんな愛情あふれる温かみを感じさせる物なのです」
お店の閑古鳥を忌み嫌って、イメージの良い鳩に変えてしまったという説は、縁起を担ぐ日本人らしい発想ですね。鳩は平和の象徴であると同時に旧約聖書で大活躍した鳥でもあります。鳩時計という名前だったからこそ、日本でも長く支持されるようになったのかもしれません。
こうして日本では「カッコー時計」は「鳩時計」と名前を変え、戦後、一家団らんの象徴となって流行した後、いったんブームが終わって、家庭から姿を消します。
その後、デジタル化した現在になって再び、木のぬくもりと手作りの良さが見直されています。さらに鳩時計は規格があり、壊れても部品の交換が可能で、親子何世代にもわたって使い続ける人もいます。
機会があれば、時を刻む鳩時計のカッコーの鳴き声に、じっくりと耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
【森の時計】
住所:東京都中央区日本橋横山町8-5
電話:03-3249-8772
営業時間:月&木金 11時~16時 /土・日・祝日 10時~15時
(火・水定休日)※その他 臨時休業あり
http://www.morinotokei.com
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。