2021年2月9日、ジャズ・ピアニストのチック・コリアが病気のため亡くなりました。チック・コリアは1960年代後半から昨年2020年まで、つねにジャズの最前線で絶え間なく活動を続けてきました。まぎれもなくジャズの一時代を作ったひとりです。チックの足跡を振り返る時、まず名前が上がる作品は、1972年に発表された『リターン・トゥ・フォーエヴァー』でしょう。このアルバムは、チックのスタイルとイメージを決定づけ、また当時のジャズの流れを大きく変えた画期的な傑作といえます。そして、今なおその新鮮さは色褪せていません。今回は、このアルバムについての考察です。


チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』(ECM)
演奏:チック・コリア(エレクトリック・ピアノ)、ジョー・ファレル(ソプラノ・サックス、フルート)、スタンリー・クラーク(ベース)、アイアート・モレイラ(ドラムス、パーカッション)、フローラ・プリム(ヴォーカル、パーカッション)
録音:1972年3月2、3日
「カモメのジャケット」は、ジャズ・ファン以外にもよく知られるジャズのアイコンのひとつ(鳥類学的にはカモメではないともいわれるが……)。このアルバムは、チック自身のみならず、ECMレコードにとっても「方向転換」の1枚となった。

チック・コリアは1941年生まれ。60年代半ばにトランペットのブルー・ミッチェルやフルートのハービー・マンのグループでなどで活動を始め、1968年にマイルス・デイヴィスのグループに、ハービー・ハンコックの後任で参加し、大きな注目を集めます。そして1970年にマイルスのグループを離れて自身のグループ「サークル」を結成します。このグループは、インプロヴィゼーション主体のいわゆるフリー・ジャズを演奏していましたが、長続きはしませんでした。そしてチックは1972年にアルバム『リターン・トゥ・フォーエヴァー』(以下『RTF』)を発表します。この時点ではチックの個人名義でしたが、直後にこの参加メンバーで「リターン・トゥ・フォーエヴァー」というグループ名で活動を始めます。『RTF』はいわゆるフュージョンのさきがけとなった新感覚のジャズといえるものですが、「サークル」での聴き手を選ぶ難解なジャズから、広い聴衆にアピールする音楽へ、チックは大きな方向転換を果たしたのでした。その方向転換にあたって、どうやらチックは入念な戦略を立てたようです。以下は、その考察。

『RTF』には、下記のチックのオリジナル5曲(4と5はメドレー)が収録されています。

(1)リターン・トゥ・フォーエヴァー (2)クリスタル・サイレンス (3)ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ (4)サムタイム・アゴー (5)ラ・フィエスタ

そして『RTF』前後のチックの活動を見ると、『RTF』以外のアルバムで、チック自身が演奏に参加してこれら5曲すべてを録音しているのです。『RTF』は「方向転換」した新グループの旗揚げアルバムですから、グループのオリジナリティのアピールを考えれば、そこに収録する曲は「新グループだけの曲」「新グループのための新曲」にしておきそうなところです。しかし、チックはまるで逆の方法をとったのでした。アルバム収録曲を積極的に「拡散」させたのです。

『RTF』前後、チックのリーダー作と参加アルバムの録音日と収録曲を見てみると……
*1971年4月:チック・コリア『ソロ・ピアノvol.1』(ECM)/(4)
*1971年12月:エルヴィン・ジョーンズ『メリー・ゴー・ラウンド』(ブルーノート)/(5)
《1972年2月:チック・コリア『RTF』(ECM)》
*1972年3月:スタン・ゲッツ『キャプテン・マーヴェル』(コロンビア)/(2)(5)
*1972年4〜5月:アイアート・モレイラ『フリー』(CTI)/(1)
*1972年11月:ゲイリー・バートン&チック・コリア『クリスタル・サイレンス』(ECM)/(2)(3)


エルヴィン・ジョーンズ『メリー・ゴー・ラウンド』(ブルーノート)
演奏:エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)、ジョー・ファレル(ソプラノ・サックス)、デイヴ・リーブマン(テナー・サックス)、スティーヴ・グロスマン(テナー・サックス)、ペッパー・アダムス(バリトン・サックス)、チック・コリア(ピアノ)、ジーン・パーラ(ベース)、ドン・アライアス(パーカッション)、ほか
録音:1971年12月15日
『RTF』のハイライトともいえる「ラ・フィエスタ」は、こちらが初録音。ジョー・ファレルはリターン・トゥ・フォーエヴァーの主要メンバーだが、ここに参加しているリーブマン、グロスマンに並ぶ、ゴリゴリの「コルトレーン派」でもある。

録音日が近いということは、発表されたのも近いということ。『RTF』の発売は72年の9月ですが、アイアートの『フリー』は直後の10月に発売されています。エルヴィンのアルバムも同年中の発売ですので、『RTF』の楽曲は、アルバム『RTF』単体に比べ、より多くのリスナーの耳に届いたことでしょう。そしてそれは、当然作曲者自身の『RTF』への注目に結びつきます。もちろんチックの実力なしでは客演も、ましてやそこでオリジナルを演奏することは難しいことでしょうから、チックだからこそできた「戦略」ですね。

また、このことから想像できるのは、チックは自身のオリジナル曲にたいへん自信と愛着をもっていたということ。そして『RTF』の音楽は、「曲」あるいは「歌」こそが重要であるという主張です。サークルの「インプロヴィゼーション」からリターン・トゥ・フォーエヴァーの「歌」へ、という方向転換は、この「名曲拡散戦略」によりさらにインパクトのあるものになり、そしてついにはジャズ・シーン全体を動かしていったのでした。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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