文/小坂眞吾(小学館プロデューサー・前『サライ』編集長)
写真/横井洋司

十代目金原亭馬生の東横落語会の高座。日本舞踊をたしなみ、何気ない仕種が美しかった。

さまざまな趣向で観客を楽しませた、東横の年忘れ

東横落語会は、昭和31年から約30年間、渋谷の東横劇場で開催されていた落語会です。約1000人収容という大ホールを使い、名人によるレギュラー制を採用して、ホール落語の名門と呼ばれました。

この東横落語会では、年末の回を「年忘れ公演」として、さまざまな趣向を企画しました。全員出演の大喜利や川柳の会、かくし芸など年によってさまざまですが、音源が残っているなかでもっとも面白いのが、昭和49年12月28日の第168回公演です。

圓生が吉原の若い者、小さんが早桶屋。これぞ配役の妙

この公演では、金原亭馬生がトリで高座に上がり、『付き馬』(会での演題は『早桶屋』)を演じます。金のない男が、明日になればお茶屋で集金して金が出来るからと、吉原の若い者(客引き)を言いくるめて登楼。ひと晩派手に遊んだ翌朝、集金を先延ばしにしてなんだかんだ言い訳をしながら、若い者を吉原の外に連れ出します。ぶらぶら散歩しながら、湯に入って湯銭を立て替えさせ、一杯飲んで代金を立て替えさせ、いつの間にか雷門へ。馬生の語りは流れるように快調で、じつにいい出来です。

やがて客は、ここから吉原へ戻るより、この近所に「おじさん」がいるから、そこで金を作ろうと言い出します。「おじさん」の商売は「早桶屋」。若い者を離れたところに待たせて、客が早桶屋を訪ねるところで三味線が鳴り始めます。

「こんちは。おじさん!」

ここで柳家小さんが拍手に迎えられ、早桶屋の主人として登場。馬生演じる客との間であるものを「こしらえる」相談がまとまったところで、三遊亭圓生が吉原の若い者として登場します。「おじさん」が「こしらえてくれる」と知って、圓生の若い者は小躍りして喜びますが……。

五代目柳家小さん。馬生より13歳上の大正4年(1915)生まれ。落語家として初の人間国宝。

小さん「てェと何かい? ゆんべがお通夜だったね?」
圓生「お通夜? なるほど、やはりご商売がらで(笑)。ええ、昨晩がお通夜でございまして、芸者衆などが大勢上がりましてな。どうも大変などんちゃか騒ぎ」
小さん「芸者衆? お通夜にかい? へえ~驚いたなァ」

東横落語会年忘れ公演『付き馬』より「3者共演

おそらくリハーサルなどしていないと思われますが、3人の会話はじつに自然。さらに、圓生が吉原の若い者、小さんが早桶屋の主人という配役が絶妙。喜んだり慌てたりする圓生の軽み、低い声でどっしり構える小さんの貫禄。対照的なふたりの個性が存分に生きています。

圓生、小さんとともに後期東横を支えた馬生

東横落語会の当初のレギュラーは、桂文楽、古今亭志ん生、圓生、桂三木助、小さんの5人でしたが、三木助は昭和36年没。志ん生は昭和42年を最後に出演しなくなり、同46年には文楽が亡くなります。その後の東横を、オリジナルメンバーの圓生、小さんとともに支えたのが金原亭馬生でした。とくに圓生は馬生を高く買うとともにライバルとしても見ていて、ネタを決めるときはつねに馬生を意識していたと、これは東横の企画委員を務めた山本益博さんの証言です。

大きく歳の離れた名人ふたりに互して、東横のレギュラーを勤めた馬生の実力は、相当なものと言えるでしょう。それだけに、54歳での早世が本当に惜しまれます。昭和49年暮れの『付き馬』は、圓生、小さん、馬生の3人が東横の後期を支えていたことの、貴重な記録です。

六代目三遊亭圓生。明治33年(1900)生まれで馬生とは28も歳が離れている。

初回出荷特典CDに3者共演の『付き馬』を収録。ご予約はお早めに!

東横に残る馬生の口演105席から、50席を選んでCD20枚に収録し、来年の3月15日に発売するのが『十代目金原亭馬生 東横落語会 CDブック』(小学館)。馬生の音源集成としては過去に例のない規模となります。人情噺では定評のある馬生ですが、収録の50席中、落とし噺が40席以上。くすぐりてんこ盛りの『垂乳根』『湯屋番』など、「寄席では爆笑派」を自負していた馬生の芸がたっぷり味わえます。

もちろん『お初徳兵衛』『お富与三郎』『江島屋』など、人情噺の素晴らしさは言わずもがな。ときには墨絵のごとく、ときには漫画のように。自在の筆致で登場人物を生き生きと描いて見せる、馬生の本領を堪能してください。

十代目金原亭馬生 東横落語会 CDブック』CD20枚(上・下巻)
愛蔵本104ページ、化粧箱入り。価格3万5000円+税 2021年3月15日発売

初回出荷分には、特典盤CDを1枚同梱します。内容は東横落語会から、本編には入れられないけど落とすのはあまりに惜しい「珍」音源2席。もちろん今回が初の商品化となります。1席は、すでに触れた3者共演の『付き馬』。もう1席は『二番煎じ』(昭和52年12月28日・第204回)です。出来は素晴らしいのですが、残念なことに1か所だけ、笑いの取れるくすぐりで大きな言い間違いがあります。それをその場で直さず、そのまま強引に押し切っている。「ウチの師匠は間違えても、けっして間違いだとは認めなかった」という弟子たちの証言を裏付ける、何とも馬生らしい音源です。

ただいま書店(ネット書店含む)にて、絶賛ご予約受付中。特典盤をお聴きになりたい方は、ぜひお早めにご予約ください。

CDブックの詳細はこちらへ
■『十代目金原亭馬生 東横落語会 CDブック』(2021年3月15日発売予定)https://www.shogakukan.co.jp/pr/basho/

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