愛用者急増中の「1000円万年筆」 その驚きの機能と書き味は?

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書き味を大きく左右するペン先に万年筆の個性が見える。

いま、注目したい万年筆があります。価格は手頃な1000円なのに、購入したそのときから書きやすく、しかもその書き味は万年筆画家として活躍する古山浩一さん(インタビュー記事を読む)も納得するほど。そんな3種類の万年筆を徹底紹介します。

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万年筆を駆使して絵画作品を制作する古山浩一さん。

万年筆の達人・古山浩一さんが推奨する手軽で優秀な3本

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万年筆の面白さは、自分との“相性”を探ることにあります。いままで万年筆を選ぶには、「ペン先の弾力、字幅の太さ、軸の太さ・重さ・バランス、デザイン」、そしてもちろん「価格」を考慮することが大切、といわれてきました。もっともですが、要は、自分に合っているかどうかの一点に尽きます。

たとえば、軸色やクリップの形が気に入ってもペン先が硬くて書きづらいとか、またはデザインがよければペン先の硬軟は重視しないとか、百人百様の好みがあります。そこで、自分好みの万年筆を探すことになります。

この“相性を探る”ことはとても充実して楽しい時間になるのですが、まず、ここでご紹介する万年筆を手に取ってみてください。いずれも万年筆としての基本的要素を備え、書くための道具として優れた3本です。それなのに、価格はそれぞれ1000円という手頃さ。万年筆の進化した世界を垣間見ることができる3タイプなのです。

■この3本が、使って満足する手頃感満載の万年筆

パイロット「カクノ」、プラチナ「プレジール」、セーラー「ふでDEまんねん」。万年筆の造詣に深く、400本のコレクションを持つ画家、古山浩一さんも、「万年筆の奥深い世界を最初に体感するのに最適」とすすめる3本です。それぞれに書きやすさを追求した、個性が際立つ製品です。順に紹介しましょう。

①パイロット「カクノ」・・・技術の粋を結晶させた子ども向け万年筆

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早朝の陽光を浴びつつ、家族への伝言をささっと万年筆で書くのも楽しい。「kakuno カクノ」2013年発売。細字、中字の2種。黒色カートリッジインキ1本付き。グレー軸と白軸があり、キャップのカラーは10色。1000円+税。カートリッジ、コンバーター両用。カートリッジインキは8色(5本入り)200円+税。コンバーター400円+税。 パイロットコーポレーションお客様相談室 TEL03-3538-3780  http://www.pilot.co.jp

「はたして子どもが万年筆を使うだろうか……?」 パイロット社内でこんな懸念の声はあがりましたが、商品企画を手掛ける高筆企画グルーブ主任の斉藤真美子さんは、当初のコンセプト「小学生向け万年筆」を貫き通しました。欧州と違い、日本では小学生から万年筆を使う習慣はありません。そもそも市場そのものが存在しないのです。

「それまで、若い世代が潜在的に万年筆に興味を抱いていることは実感していました。さらに低価格モデルのプロジェクトとして、小学生にターゲットを絞ればインパクトが強く、製品コンセプトがぶれないと考えました」(斉藤真美子さん)

ステンレス製のペン先以外はすべて樹脂製にし、機種によっては20パーツからなるところを極限の6パーツまで減らしました。それでも、ペン先にはペンポイント(摩耗を防ぐためペン先の先端に付ける金属)を付け、ひとつひとつ人の手で研(と)いでいます。

「ペン先は万年筆の命ですから譲れません」と言うのは、営業企画グループ広報の田中万理さん。1000円の低価格モデル「カクノ」は、ある意味で技術の粋を結晶させた万年筆なのです。

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三角形のグリップが思いのほか、親指・人差し指・中指になじむ。写真のグレー軸のペン先には笑顔マーク、白軸のペン先はウィンクマークと遊び心も。「インキの色別に数を揃えて楽しむ方も多く、 “大人買い”してくださる若い方も多く見かけます」(田中万理さん)。

小学生向けと謳(うた)っている「カクノ」には様々な工夫が詰まっています。

まず、キャップにクリップはありませんが、転がり防止の突起と誤飲窒息防止の穴が付けられました。引き抜き式のキャップなので、手がかりになる窪みもあります。軸は鉛筆でなじみのある六角形で、グリップは正しい持ち方ができるように三角形。その持ち方でペン先を見ると、笑顔マークが見えます。万年筆を握ったとき、この笑顔が見えなければ、万年筆を正しい向きに持っていないというわけです。

実際に使ってみると、三角形のグリップに自然と指が落ち着き、ペン先も軟らかく感じるほど書きやすく、文字を書いているうちに不思議と気持ちがなごんできます。細部にわたって熟考された「カクノ」は、子どもばかりではなく、大人にとっても使いやすい万年筆なのです。

②プラチナ「プレジール」・・・万年筆の弱点を克服した逸品

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散歩には万年筆も携帯したい。ひと休みした喫茶店での撮影メモも万年筆で。「plaisir プレジール」2010年発売。細字(軸色10色)、中字(軸色6色)の2種。黒色カートリッジインク1本付き。1000円+税。カートリッジ、コンバーター両用。カートリッジインクは3色(10本入り)400円+税、9色(2本入り)100円+税。コンバーター500円+税。プラチナ万年筆 お客様相談係 TEL0120-875-760(フリーダイヤル) http://www.platinum-pen.co.jp

万年筆の原語はFountain Pen。Fountainとは水源、噴水のことで、“泉のようにインクが湧き出るペン”の意味です。紀元前2400年頃、エジプトの葦ペンから始まった筆記具は、7世紀初頭から18世紀まで1000年以上も羽根ペンが使われました。それ以後、金属ペン先や軸の素材開発などが進み、1883年にルイス・エドソン・ウォーターマン(アメリカ)が毛細管現象を応用した世界初の革命的な万年筆を発売。これが、現在の万年筆の基となっています。

そして2010年、万年筆最大の弱点といえる「放置後のインク詰まり」も解消されました。プラチナ万年筆が開発した「スリップシール機構」によってです。

「万年筆にインクを補充したまま半年近くも使わずにおくと、インクの水分が蒸発して乾燥し、スムーズにインクが出てこなくなります。これは致命的なウィークポイントでした。ところが、ペン先を包み込んで密閉するスリップシール機構で、たとえ1年間未使用でも、さらっと書き出せるようになりました」(プラチナ万年筆企画部・山新田政秋さん)

この優れたシステムは、インク乾燥防止と同時に、キャップを開けたとたんにインクが吹き出る現象も防げるといいます。

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ネジ式キャップの内部に設置されているスリップシール機構。キャップを閉めると加圧されて、高い気密性を保て、インクの水分蒸発を限りなく抑えられる。写真は「♯3776センチュリー」のスリップシール機構。

驚くことに、1000円の万年筆「プレジール」にも、この画期的なスリップシール機構が搭載されています。

たまには万年筆で文字を書こうとしたとき、インクがかすれると気持ちが萎えてしまうもの。ペン先を水洗いするのも面倒と、再び仕舞い込んでしまったりすることもありました。その点、「プレジール」ならいつも滑らかな書き味が約束されているわけで、頼もしい万年筆でもあります。

③セーラー「ふでDEまんねん」・・・ひとつのペン先が生み出す多彩な字幅

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長き夜のひととき、一献傾けながら手紙をしたためるのは、静かで充足した時間となるに違いない。「ふでDEまんねん」1995年発売。紺と若竹の2種(写真はペン先角度40度の紺)。黒色カートリッジインク2本付き。1000円+税。カートリッジ、コンバーター両用。カートリッジインクは4色(12本入り)400円+税。コンバーター500円+税。セーラー万年筆ユーザーサービス TEL0120-191-167(フリーダイヤル)  http://www.sailor.co.jp

いささか奇妙なネーミングの万年筆「ふでDEまんねん」は、ふたりの“万年筆愛好家”が出会って生まれました。ひとりは、万年筆の神様と称された「セーラー万年筆」ペンクリニックの職人・長原宜義さん(1932~2015)。もうひとりは、前出の万年筆画家の古山浩一さんです。

万年筆で絵を描きたい、それには線に強弱を付けられるペン先が欲しいという古山さんの要望に、様々なペン先を試行錯誤していた長原さんは、わずか2日間でペン先を調整。1本のペン先で字幅の違う線が描ける万年筆を古山さんに手渡しました。一年後の完成を夢見ていた古山さんはその迅速さに驚き、そのうえ筆記角度を微妙に変えるだけで字幅がダイナミックに変化する長原さんの高度な技に驚嘆したといいます。

こうしたふたりの出会いから数年後、1995年に「ふでDEまんねん」は商品化されました。

漢字のトメ、ハネ、ハライは筆だからこそ書けるフォルムですが、先端が反り上がった大きなペン先はまるで筆先のような働きをします。「筆みたいに書けるんよ。 “筆でまんねん”」と広島弁の長原さんが発した言葉がそのまま商品名となり、それにも驚いたと、古山さんは振り返ります。

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軸を立てて書くと左の細字に、寝せて書くと右の太字と、筆記角度によって字幅が変わる。書きながら微妙に角度を変えれば、1本の線自体に強弱が生じる。一般に線の太さを変えるには、万年筆を代えなければならないが、「ふでDEまんねん」なら1本で書き分けられる。

「じつは、『ふでDEまんねん』のペン先にはペンポイントが付いていません。そのため研(と)ぎではなく、表面を滑らかにする作業を行なっています。筆のような文字が書ける万年筆として、ボディも筆のように長いデザインです」(セーラー万年筆企画部  広報・マーケティング担当・友野絢香さん)

ペン先にペンポイントが付いていないからこそ、軸を立てて書くと細字に、寝せると太字にと、字幅がおよそ0.5ミリから5ミリくらいまで縦横無尽の線が引けるわけです。

金属のペン先が、獣毛の筆先のような自在な線を生み出す不思議。万年筆職人の優れた技が結晶した万年筆は、漢字にも絵画の描線(びょうせん)にも向いているという、異彩を放つ筆記具なのです。

■インク補充は用途次第で、カートリッジかコンバーターを

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左側がカートリッジ、右側がコンバーター。 上段から、パイロット、プラチナ、セーラー。日本の場合、各社間で互換性はない。

各メーカーに取材をして興味深かったのは、異口同音に「万年筆の使い方を知らない人が増えた」ということでした。よくあるクレームが、「買ってきたばかりなのに書けない」というもの。

たしかに万年筆はボールペンのように軸を立てると、ペン先の弾力がうまく紙面に伝わらず、書きにくくなります。しかし、よくよく聞いてみると、買ったままの状態、つまりカートリッジインクを付けないまま書き始め、「なぜ、インクが出ないのか?」と問い合わせてくる場合が多いとか。購入後すぐに書けるボールペンの感覚なのでしょう。

わかりきったことですが、万年筆本体だけではインクは出てきません。カートリッジインクか、コンバーターを付けてインクを補充して、はじめて文字が書けるようになります。いまや40歳代以下は万年筆の構造を知らない世代ともいえ、使い方から説明しなければならない時代になったといいます。

逆にいえば、若い層には万年筆がたいへん新鮮な筆記具であり、ここで紹介した3タイプは大人気商品となっています。

さて、カートリッジとコンバーターですが、これは用途によって使い分けます。

カートリッジは差し込むだけですから便利で手間もかかりません。万年筆を持ち歩く場合にも、予備の小さなカートリッジ1本だけ持てばいいので安心です。コンバーターは万年筆本体に差し込んでから、インク瓶にペン先全体をつけて吸入します。一見、面倒に思えますが、コンバーターならば、カートリッジにはない様々な色インクを使える楽しみも味わえます。それに、コンバーターでペン先からインクを吸入する行為は、ペン先の詰まりを防止する役目、つまり手入れをしていることにもなります。

万年筆選びは、自分との相性を探る楽しい旅に出るようなもの。そして、使い込むほどに奥深さも感じられ、またとない興趣が味わえます。その手始めとして、今回紹介した3本はいずれも優れた入門万年筆になってくれるはずです。

取材・文/塙 ちと
工芸分野を中心に取材するライター。著書に『書斎の極上品』(電子書籍)、『個人美術館を行く』(いずれも小学館)、『男のきもの雑学ノート』『男のきもの達人ノート』(いずれもダイヤモンド社)など。

撮影/五十嵐美弥(小学館)