文/福田美智子(海外書き人クラブ/フィリピン在住ライター)
このコロナ禍で、もし、あなたの住む街の人々が必要な食糧や衛生用品も入手できなくなったら、どうしたらいいだろう?実際に自分のコミュニティーで困窮する住民が続出するなか、ユニークな助け合いのシステムをつくった高校教師がフィリピンにいる。
フィリピンでは新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するため、3月半ばから各地で厳しい封鎖措置「強化コミュニティー防疫」が取られてきた。5月に入ってからも都市部では封鎖が続き、その他の地域も段階的にしか解除はされない。長引く封鎖は、フィリピン経済と市民の生活を直撃している。政府や地方自治体は、さまざまな支援策を打ち出しているが、アクセスの良くない農村部には現金給付や食糧、衛生用品などの配布といった公的支援がなかなか届かないのが実情だ。
美しい火山や湖、温泉、そしてビーチで知られるルソン島南部ソルソゴン州。この地で、支援が必要な人々を支えようと、地域内で物資を融通しあう「思いやりステーション(The Kindness Station)」なるものが運営されている。
これは、学校などにステーションを設け、周辺の住民が、自分の手元にじゅうぶんにあるものを持ち寄り、必要なものがあれば無料でもらうというもの。スローガンは「与えて、分かち合って、受け取って(To give, to share, to receive)」。例えば、農家が自宅で栽培している野菜や米を提供し、手元にないせっけんや缶詰をもらっていくといったシステムだ。支援者と被支援者が明確に分かれているのでなく、地域の皆がおすそ分けをしあうかのような仕組みである。持ち寄られたものには、米やパン、乾麺などの主食、ウリやササゲ豆、かぼちゃにナスにキャッサバなどの野菜のほか、調味料、イワシの缶詰、インスタントコーヒー、歯ブラシやせっけん、漂白剤や女性用生理用品、さらに手作りマスクなど多種多様。口コミとSNSで情報が広がり、毎日多くの利用者が訪れる。
この「思いやりステーション」を立ち上げたのは、同地で高校教師として働くマリクリス・ラバヤンドイさん(31歳)。彼女にオンラインで設立の経緯を聞いてみた。
思いやりステーションは、共感、分かち合い、感謝の心といった価値を、改めて人々から引き出す
「このアイデアは、ルソン島全土が封鎖される前日の3月15日の夜に思いつきました。すぐに同僚の教師たちやフェイスブックの友達に連絡して、一緒にやろうと呼びかけたんです。彼らや夫も賛同してくれすぐに動き出しました。一番影響が深刻な地区を選び、責任者に相談して小学校の場所を提供してもらいました。
私が勤める高校にも貧しい家庭の子や、栄養が十分でない子も多くいます。親の多くは日雇いの不安定な仕事に就いており、今回の封鎖で特に影響を受けています。政府の支援も手続きが煩雑ですぐに届くわけではありません。一方私は教師として給与が保証されている。何かしなければと思いました」
しかし、なぜ、「募金を集めて、貧しい人に物資を届ける」といったよくある方法を取らなかったのだろう。
「救援物資を“施す”タイプの活動は最初から考えませんでした。困窮している人全てに物資を配るなんて到底できませんし、人によって必要なものは違います。それに、コロナ騒動の初期に起きたパニック買いなどを見て感じたのは、足りないのは物資ではなく、共感ではないかということです。私は教師として、自分の役割は教室の中だけで完結するものではないと思ってきました。思いやりステーションは、共感、分かち合い、感謝の心といった価値を、改めて人々から引き出すのに良い方法だと確信したんです」
さらに、困窮した人々が、ただ支援を受ける側になるだけではなく、自分からも提供することで尊厳を保てる点も重要だという。実際、この運動をサポートするカトリック系の慈善団体カリタス・フィリピンも、そうした農民の声を紹介している。
「私は貧しい農民に過ぎません。他の人からもらう食べ物に頼ることもよくあります。でも今回、私もかけがえのない存在で、家で採れたココナッツだけれど、私も他の人に分けてあげられると感じられました」(https://www.caritas.org/2020/04/kindness-stations/)
「人々は困窮するなかでも他者の助けになりたいと感じ、実際に多くの物品を寄贈してくれることに感動します」と話すラバヤンドイさん。彼女から始まった「思いやりステーション」は多くのメディアで報道されて共感を呼び、触発された人々が州内外にステーションを立ち上げる動きが広がった。4月末現在で24か所が運営されているという。規模も10〜20名向けから100名程度用までさまざま。ラバヤンドイさんは、誰にでも自由にアイディアを使ってほしいと願って、積極的にフェイスブックで成果を報告したり、新型コロナウイルスの感染を避けるためのガイドラインをわかりやすく示したりしている。
こうした動きがすぐに出てくる背景には、フィリピンの伝統的な「結(ゆい)」文化「バヤニハン」があるのではないだろうか。「バヤニハン」とは共同作業や相互扶助を示すフィリピン語で、コロナ対策のために成立した新法も通称「バヤニハン法」と呼ばれるほど、現代社会にもその精神が生きている。
フィリピンの一般庶民は、平時からモノやお金、労働力、スペースを分け合って生きている。ご飯どきに立ち寄った人に食事をすすめたり、親族の子が進学や結婚する際にはお金を出し合ったりするのは当然のことだ。台風に水害、火山噴火など自然災害の発生時にも、すぐにあちこちで自発的な支援活動が立ち上がる。今回のコロナ禍も、フィリピンの人々は持ち前の知恵と分かち合いの精神と、そして底抜けの明るさで乗り切るに違いない。
「思いやりステーション」フェイスブックページ https://www.facebook.com/KindnessWarriorsPH/
写真/The Kindness Station提供
文/福田美智子
フィリピン在住歴約6年。日本での書店・出版社勤務の経験を活かし、マニラ首都圏でメディアコーディネートや記事の執筆などを行う。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。