残存する唯一の幼稚園
車でさらに先にすすみ、次のストップでいよいよ冒頭の場面となる。車道の脇から少し森に入ったところに小さな木造の幼稚園があった。入口付近の地面は放射線のホット・スポットになっていた。これまでの道中での測定値は毎時0.11マイクロシーベルト程度。その約60倍。さすがに不安がよぎる。短時間なら問題ないというが、やはり長居は無用だ。「大丈夫なはず」の原発も事故になったのだ。
ちなみに、マイクロ・シーベルトはミリ・シーベルトの1000分の1、シーベルトの100万分の1である。何をしなくても人間は年間で2.4ミリシーベルトの放射線を浴びているそうだ。では、死に至る可能性はどの程度かというと、2シーベルトを1時間で吸収すると、20人に1人が亡くなる危険がある計算になるらしい。つまり、ツアーで人体に害がある可能性は非常に非常に低い。これは2時間飛行機に乗るのと同程度の量である。
なかは廃墟そのもの。百聞は一見にしかず。写真をご覧あれ。
鉄の棺・距離200
森が終わりをつげ視界が広がると、広大な敷地の彼方に建造物がいくつも姿をだす。「これを見に来たんだ!」私たちの目線は言うまでもなく4号炉に向う。周りを見渡すと、原発施設の規模がよくわかる。4号炉は巨大コンプレックスのほんの一部にすぎない。
さらにミニバンで4号炉に向う。近づくにつれ、その大きさを実感する。人類最大のエネルギー発電器はとてつもない建造物だ。シェルターはそれを丸ごと覆ってしまったのだ
我々は歩いて近づいたが、放射線計測器は不穏な音を発しなかった。それでも、原子炉以上に気になるのはその数値だった。結果は毎時0.82マイクロ・シーベルト。6マイクロ・シーベルトを目撃した後では物足りない気さえした。
現場は拍子抜けするほど、平然としており、観光客だけが異様な空気を発していた。大型のバスが数台、後から到着した。現場はすぐに人だかりになった。
新型シェルターの建設は最新の技術が総動員された前例のない一大プロジェクトだった。事故直後に作られた「鉄の棺」が老朽化し、倒壊の危険があったという。何度も遅延もされたがようやく2017年に完成した。事故の生々しさを伝える旧型が見られないのは残念だが、安全性は格段に高まったといえる。
【後編に続きます】
写真・文/ 千夏英二(ちなつ・えいじ)
欧州在住のフリーランス・ライター。海外書き人クラブ所属。モットーは「安全第一で裏道を探せ。でもお金はなるべく使わないで楽しめ」。この無理難題を解くのが趣味。