文・写真/杉﨑行恭

2013年3月15日。この日をもって東急東横線渋谷駅が地下に移転し、翌日から都営副都心線と相互乗り入れが始まった。そしてJR山手線に接続する東横線渋谷駅の大ターミナルがまるごと使われなくなった。これは鉄道ファンだけではなく、東横線を利用していた人々にとっても大事件だった。

地上駅最終日の夕方。

横浜に住んでいた私も、おむすび形の壁板を並べた終着駅には尽きない思い出があった。下を走る国道246号線から吹き込む北風がえらく寒かった、終電間際の大階段(東急東横店の下にあった)ダッシュも懐かしい。ともあれ、ひょいと2階に上がればホームがあった。そんな地上駅の最終日は駅内外に大群衆が集まり、革命前夜のような雰囲気のなかで電車が発車していった。

以前の東横線渋谷駅は4面4線のターミナルを構えていた。しかもホームは東急百貨店(東急東横店)と直結し、真正面に地下鉄銀座線がホームを置いていた。駅はすべて2階にあって宮益坂下にあった東急文化会館ビル(現渋谷ヒカリエ)から東横線・JR・銀座線渋谷駅を経て京王井の頭線渋谷駅まで、空中の通路で連絡する画期的な動線を持っていた。とにかく、東横線から山手線や銀座線への乗り換えはまことにスムースだった。

旧渋谷駅は4面4線のターミナル。

この渋谷駅の独創的なプランは、1964(昭和39)年に開催される東京オリンピックをひかえた「渋谷総合計画」で、あの建築家ル・コルビジェの弟子だった鬼才、坂倉準三(1901〜1969)によって考えられたものだった。東横線旧渋谷駅の特徴だったかまぼこ型の屋根やおむすび形のウオール(壁)は、近代モダニズム本流の造形だったのだ。

おむすび型の壁面。

 

* * *

それから5年を経て、渋谷駅から廃止された東横線の地上区間を歩いてみた。この区間では東急グループによる廃線跡再開発事業が進められ、2018年9月13日に複数の施設が開業して一般開放された。これにより東横線跡の約800mを代官山駅まで歩くことができるようになったのだ。

さて、東横線渋谷駅ホームのあった国道246号線の橋上から廃線跡を再開発した通路が始まっていた。そこにはあの懐かしいおむすび形ウオールも再現されていた。床には線路のモチーフが埋め込まれ、旧駅へのオマージュが込められているのも嬉しい。鉄道ファン的には、床の線路のモチーフがもっと正確に再現されていればさらに良かったのだが……。

再現された壁面と線路のモチーフ 。

東横線の旧線路は山手線と渋谷川に挟まれた狭い土地を縫うように伸びていた。かつては裏町の風景を見ながら電車が徐行していた場所が、驚くばかりの大規模複合施設『渋谷ストリーム』に変貌していた。その昔はよく『太陽にほえろ!』のロケをしていた渋谷川にはレーザービームが飛び交い、広場ではパフォーマーに人だかりができている。見上げればホテルやレストランが入る高さ180mの高層ビルがそびえていた。なんというか、ものすごい廃線跡だ。

渋谷川。

「渋谷ストリーム」のビル。

再開発の考えは、渋谷駅から人の流れを代官山方向にも繋ごうというものだという。このため『渋谷ストリーム』から続くルートは渋谷川に沿って長い遊歩道になり、以前のコンクリート連続高架の面影は微塵もない。しばらく歩くとルートは右に大きくカーブする。そこには『渋谷ブリッジ』A棟・B棟が線路跡のカーブをなぞるように建てられていた。A棟は認定こども園、B棟ではカジュアルなホテルやカフェがオープンしている。

遊歩道と「渋谷ブリッジ」

それでも代官山に向かって右手に見える渋谷南清掃工場の大煙突や、左手の都バス車庫の上に建つ都営渋谷東二丁目アパートは健在だ。この二つは終着が近いことを教えてくれる東横線のランドマークだった。そして山手線を超える鉄橋はすでに跡形もなく、すぐ隣の人道跨線橋だけが昔のままだった。東横線は地上から姿を消したが、この地下をそのまま走っているはずだ。

かつての山手線を渡る跨線橋。

山手線を代官山方向に渡った線路跡は駐車場になり、その先には『ログロード代官山』という店舗が点在する長さ220mのゾーンが伸びている。ここから代官山駅の手前まで、地下化前日まで東急電車が走っていたとは思えないおしゃれな小道になっていた、しかしこの“路地裏感”はなかなか好ましい。

「ログロード代官山」

5年前のあの日、一夜にして線路を地上から地下に切り替える大工事が行われた代官山駅は、まるで昔から地下駅だったような雰囲気でたたずんでいた。青春時代から電車で何百回も往復したこの区間も、消えてなくなるとはるか遠い過去のような気がしてしまう。

そんな旧渋谷駅から代官山駅までの間で、もはや鉄道を思わせるものはゆるやかな曲線のルートだけになっている。しかし限られたスペースを逆手にとったようなさまざまな試みはユニークで、新しい可能性を感じさせる廃線跡になっていた。

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

 

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