窓が大きい右舷側の席がベストポジション

以上の前知識を得て、長崎空港に降りた。レンタカーで1時間程度、長崎港のターミナルに行き、事前に予約した軍艦島観光会社のクルーズ船の乗り場に行く。受付の行列を待つ間、軍艦島のリピーターだという女性と話したところ「ツアー会社は5社ほどあり、それぞれに特徴がある」と言っていた。今回は空席優先で予約したが、次回は吟味したい。

ツアースタッフから「当日の波の状況により、ギリギリまで許可は出ません。上陸できないこともある」と再三にわたって説明を受ける。運を天に任せるのみだ。リピーターの女性から「早めに桟橋に並び、窓が大きい右舷側の席に乗って。軍艦島が近づいていく様子が見えるから」と教えてもらった。

13時にクルーズ船が出航。軍艦島まで40分というから意外と時間がかかる。明治、大正、昭和期の船舶と航海技術では、倍以上の時間を要しただろう。当時の人々は、絶海の孤島に赴く覚悟で島に渡ったことが想像できる。

乗船から30分ほど、軍艦島が見えてきた。擁壁に囲まれ、高層鉄筋アパートが並ぶ特徴的なシルエットはまさに「軍艦」。船内に流れる動画は「軍艦土佐に似ていたことから、その名がついた」と解説している。かつては休みなく稼働し、夜中でも明るく灯台が要らないほどだったという。

長崎港から高波に揺られて35分。軍艦島が見えてきた。かつて、ここは定期船「夕顔丸」が1日3便就航していた。そのほか「せい丸」「つや丸」などの船も活躍。長崎港から1時間〜1時間半を要したという。撮影:筆者

大雨が降っていたが、「上陸可能です」とアナウンスが流れ、軍艦島に立つ。そして風景に想像以上に圧倒される。人が80年以上も仕事や生活していた痕跡があるのに、生き物の気配がなく、崩壊に任せているという静けさに心が揺さぶられる。絶景や壮大な造形物と対峙した時の感動や畏怖の念とは別の感情が湧き上がる。ガイドさんの「見学が許可されているのは、南側の建物がほとんどない部分のみです」と話す声が遠くに聞こえた。

見学は3エリアに分かれている。この第1見学所には、貯炭場や貯水場、ベルトコンベアーの支柱がある。左上の建物は、幹部社員が住んでいた風呂付きの3号棟。撮影:筆者
第2見学所の見どころは、写真中央の第二竪坑口桟橋跡。鉱員たちは、ここから海底600メートルにある仕事場へと秒速8mの昇降ケージ(上下に25人ずつ約50人乗り)で降りて行った。坑内は気温36度、湿度90%以上という蒸し風呂のような環境だったという。鉱員たちはここで1日8時間働いていた。撮影:筆者
第3見学所からは、日本最古の鉄筋7階建ての30号棟(1916〈大正5〉年/正面右)が見える。左は1957(昭和32)年竣工の31号棟。ここは建物内に、ボタ(質が悪い石炭)を捨てるためのベルトコンベアーが通っていたことでも知られる。ガイドさんが「倒壊のカウントダウンは始まっています」と解説するように壁や床が落ち、柱が剥き出しになっている箇所もある。近くには島民の憩いの場であった海水プール跡もある。島の周辺は波が荒く、遊泳は禁止されていた。撮影:筆者

他にも、小中学校の遠景や神社があった場所などを遠くから見ることができる。冒頭に紹介した、「56年ぶりの新築」の研究拠点は、島の北側にあるので見ることはできなかった。

ガイドさんは、なぜ軍艦島がこのような形であるのかを解説してくれた。ポイントは2点あり、1点目は「島の半分が石炭の生産施設であるために、生活の面積が限られていた」、2点目は「人の手で掘っていたので、大正、昭和期には大量の労働者が必要だった。鉱員とその家族のための住居や生活施設は高層化するしかなかった」だった。国の保護があったから、物資が不足していた戦時中でも、10階建ての巨大な建物(65号棟・1945〈昭和20〉年一部完成)が建てられたという。

昭和30〜40年代の様子。日常の買い物は、会社経営で市価よりも割安な「購買会」と個人商店で賄うことができた。生鮮食品は、対岸の長崎半島の高浜から毎日運ばれてきた。緑が少なかったので、生花がよく売れたという。写真提供:長崎県観光連盟
昭和30〜40年代、島内には子供の遊び場もあった。バルコニーの洗濯物の多さも賑わいがわかる。窓の形状から65号棟の中庭ではないかと推測する。写真提供:長崎県観光連盟

軍艦島の生活について、島を挙げた神社大祭や文化祭や運動会が開催され、治安も良く、鉱員の給料は高く、豊かな生活をしていたなど、陽の側面が紹介されることが多い。しかし、ここは炭鉱だ。負の歴史もある。その知識をより深めてから、この場所に立った時、いったい何を感じるのだろうか。

軍艦島−−端島炭鉱が、日本の近代化と戦後復興を支えたことは事実だ。その現場に立っていると、名もなき人々の、喜びや悲しみ、心の叫びの気配を感じるだろう。ここにある建物たちが、いずれ倒壊する未来があったとしても、歴史は続いていくと確信するはずだ。

【参考】
軍艦島に56年ぶり新施設「72号棟」、研究者の事務所など(毎日新聞 2026年4月17日)
明治日本の産業革命遺産(長崎市)
軍艦島とは?世界遺産上陸ツアー観光ガイド|長崎・野母崎エリア(長崎市公式観光サイト)
廃墟を守る軍艦島のコンクリート建築に魅せられる理由(東京大学)
世界文化遺産“端島炭坑(NPO法人 研究機構ジオセーフ)
軍艦島デジタルミュージアム
『軍艦島の生活<1952/1970>: 住宅学者西山夘三の端島住宅調査レポート』
(NPO西山夘三記念すまい・まちづくり文庫 ・松本 滋 編集/創元社)
『軍艦島は生きている!「廃墟」が語る人々の喜怒哀楽』(長崎文献社編集 軍艦島研究同好会監修/長崎文献社)
『マンション60年史 同潤会アパートから超高層へ』(高層住宅史研究会編 住宅新報社)

●取材・執筆/前川亜紀

1977年東京都生まれ。大学在学中より編集兼ライターとして『プチセブン』『CanCam』『VoCE』ほか女性誌に執筆、出版社勤務を経てフリーに。現在は著名人インタビュー、東京史、介護、恋愛、育児など幅広く執筆。近現代史、旅、酒などに詳しい。
facebook:@aki.maekawa Instagram:@akibibarock7

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