採掘車で身体が寸断され、上半身だけ残ったクロニーキャバン人は20代始めの男性だった。死亡時期は紀元前392年~紀元前201年。特徴はおしゃれな髪型だ。157cmの小柄な身長を高くみせるため、整髪料で固めた髪を高く結い上げるモヒカンスタイルをしていた。油と松脂を混ぜた整髪料は、当時、フランスやスペインから輸入される高価な贅沢品だ。

髪の分析は、栄養状態の良さ、野菜とタンパク質中心の食生活を示していた。古代アイルランドで野菜が豊富な季節は夏だったので、彼は盛夏に死を迎えたはずだ。手に労働の跡もなく、贅沢な食事とおしゃれを楽しむ特権階級の若者の姿が浮かび上がってくる。

採掘車で破壊されたため、クロニーキャバン人は上半身しか残っていない。
(c)National Museum of Ireland

容赦なく振り下ろされる斧

検死結果は彼の最期も明らかにしている。

斧が顔面,頭部、側頭部と三撃、さらに胸に一撃打ち込まれていた。頭蓋骨は割られ、脳が損傷、鼻から右目にかけ大きな裂傷がある。腹部にある40cmの切り傷からは、内臓が全て取り出されていた。古代アイルランド人は生贄の内臓で占いをしたり、祭壇に血と内臓を捧げて神々に祈ったことが記録されている。

ここで注目すべきは、彼の乳首が切り取られていたことだ。古代アイルランドには、臣下が王の乳首を吸い、服従の意を示す儀式があったことから、男性は王かそれに準ずる者で、その資格を失ったために、乳首が除去されたと考えられる。

古代ケルト人が持ち込んだドルイド教は、自然崇拝、輪廻転生、神々と人間は交渉しながら共存すると信じていた。王は象徴的にケルトの女神と結婚し、絶大権力者となるが、統治力がないと妻である女神が怒り、不作や疫病を起こす。その怒りを鎮めるために、失格者の王を“高貴な生贄”として女神に届ける儀式が行われていた事実からも、彼を失格王とみる学者が多い。

一方で、高価な整髪料とおしゃれな髪型から、彼は社会的慣習を破り、秩序を乱した罰で処刑された特権階級の放蕩息子とみる学者もいる。もしそうなら彼の罪は財力を背景に自由でダンディなライフスタイルを楽しんでいたことなのかもしれない。

高価な整髪料で髪を立てたモヒカンスタイル。あごひげも見て取れる。
(c)National Museum of Ireland 
アイルランド国立博物館に展示されているクロニーキャバン人の復顔像。
(c)National Museum of Ireland

柔らかい手と美しい爪を持つオールドクロウハン人

オールドクロウハン人は2003年6月、前述のクロニーキャバン人の発見場所から40km離れた所で下水工事中に発見された。腕から算出された身長は198cm。湿地遺体は北欧や英国でも多く発見されているが、こんな大男は他に類を見ない。年齢は20代始めで死亡時期は紀元前362~紀元前175年。労働者ではない柔らかい手、爪はきれいにマニュキュアが施されていた。

死にたくなかった巨人

男性は健康な若者だった。髪と爪の分析結果は、彼が肉食生活をし、富と贅沢を満喫できる階級にあったことを示していた。胃からは“高貴な生贄”の最後の食事とされた小麦とバターミルクが検出された。学者たちは、彼は不適切な王、戦いで捕虜となった他部族の王か王子、または貴族で、ドルイド教の祭司の命令により、“高貴な生贄”にされたと考える。

死への経緯は不明だが、彼が死を拒否したのは明らかである。根拠は腕に残る傷だ。暴れたであろう彼を抑制するため上腕部にあけられた穴には、ハシバミの枝で作ったロープが通されていたし、迫りくるナイフの攻撃から身を守ろうとした防御創が腕に残っている。

もしかしたら、男性はいったん運命を受け入れて最後の食事を取ったものの、死の間際で生への執着に囚われたのだろうか。 2メートル近い頑強な男の抵抗はすさまじかったに違いない。だが彼は胸を刺され、さらに乳首が切り落とされる。そして斧で首を断ち切られた後、身体は二つに裁断されてしまった。なんと凄惨な儀式だったことか。固く握りしめられた彼の両こぶしから恐怖、怒り、悲しみが滲みでているようだ。                                         

腕にはロープを通す穴があけられ防御創もあった。両こぶしは固く握りしめられている。
(c)National Museum of Ireland
オールドクロウハン人の爪は綺麗にマニュキュアされており、彼が特権階級だったことを示している。
(c)National Museum of Ireland
アイルランド中に生えるシャムロック。ドルイド教では、3は誕生、成人期、死を示す神秘の数字。3枚の葉を持つシャムロックは神聖とされ、処刑は3種類のやり方で行われることがあった。 オールドクロウハン人の処刑も、刺した後、断首、身体の切断と3つの致命的な方法が取られている。

永遠の謎

古代アイルランド人は神と祭りを重んじた。春を祝う2月1日のインボルグ、4月30日夜から5月1日の夏を祝うベルティネ、8月1日は秋の収穫祝いのルーナサ、そしてハロウィンの起源となった10月31日は、悪霊祓いとケルトの新年を祝うサウィン祭だった。クロニーキャバン人とオールドクロウハン人は、失格王ではなく、祭りで神に捧げられたのかもしれない。いずれにせよ、彼らの死の背景は永遠に謎のままだろう。

おしゃれだった伊達男と、最後まで勇敢に抵抗した大男。彼らの魂は、無事にケルトの神々の元に帰っていっただろうか。                                 

古代ケルト人が信じた輪廻転生を意味する “生命の木”のシンボル。クロニーキャバン人とオールドクロウハン人は、処刑により神の世界に送られたと考えられる。

アイルランド国立博物館(National Museum of Ireland)
35A Kildare Street, Dublin 2, D02 YK38, Ireland   
【参考リンク】 https://www.museum.ie/en-IE/Museums/Archaeology/Exhibitions/Kingship-and-Sacrifice

文・写真/織田村恭子(アイルランド在住ライター)日本の多岐に渡る雑誌に現地ニュース、歴史・社会問題、旅行、料理等、記事・エッセイを執筆。またNHK地球ラジオをはじめ日本のラジオ番組へもアイルランドからニュースを発信。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

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