文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)
ハワイを訪れたことがある人は「スパムむすび」という食べ物を目にしたことがあるだろう。スパムとはソーセージのような加工肉を缶詰にしたもので、それをおにぎりの具として使う。カフェやレストランのサイドメニュー、あるいはスーパーマーケットやコンビニの総菜としてもよく売られている。
ハワイ州はこのスパムの消費量が全米で一番多く、スパムむすびだけではなく、焼き飯やハンバーガーなどの具にも広く使われている。
ところが、このスパムはハワイ発祥の食べ物ではない。ハワイの名産物でもない。そこから遠く離れた、ミネソタ州オースティンという小さな町に本社がある食品加工会社『ホーメル・フーズ』が製造販売する商品の商標ブランド名なのである。
人口約26,000人(2020年国勢調査)のオースティンにはスパムの歴史を展示した博物館まである。
軍隊食から一般家庭へ
ホームル・フーズ社がスパムの販売を始めたのは1930年代のことである。「Spiced Ham」(塩辛いハム)という初期の商品名を縮めて現在の世界的に高名なブランド名「SPAM」になったとする説が有力だが、はっきりとしたことは分からない。
スパムは第二次世界大戦中にアメリカの軍隊食に採用されたことで一気に知名度を高めた。ホームル・フーズ社のウェブサイト(https://www.hormelfoods.com/ )によると、毎週1500万個の缶詰が世界中の戦場に送られたとある。
第34代アメリカ合衆国大統領の故ドワイト・D・アイゼンハワー氏は第16代陸軍参謀総長でもあったが、軍人時代に兵士とともにたくさんのスパムを食べたと、ユーモアを込めた感謝の手紙をホームル・フーズ社へ戦後に送った。
私は何百万人もの兵士と同じように、スパムをとてもたくさん食べました。緊迫した戦場において、あるいは不適切な発言を何回かしてしまったことを告白するものであります。しかし、元軍隊最高司令官として、私は公式に貴社の唯一の罪を許そうと思います。貴社があまりにも多くのスパムを私たちに送り付けたことです(筆者訳)
いくら美味しくても来る日も来る日も毎日同じものを食べていたらやがて飽きてくる。今日もスパム、明日もスパム。そんなうんざりした兵士たちから漏れた呟きが、やがて不快なものや大量に出てくるものを指す俗語として使われ始め、インターネット時代になって迷惑メールを示す言葉になったという説がある。もちろん、これも俗説である。
沖縄で独自の発展を遂げたスパムむすび
スパムむすびとよく似た食べ物が、沖縄では「ポーク玉子おにぎり」という名前で売られている。スパムに卵焼きを加えたおにぎりだ。
ハワイに多い日系人が故郷にもたらしたものであるとか、あるいは米軍基地からの影響によるものであるとか、やはり由来には諸説がある。
筆者の個人的感想を述べるなら、そうした歴史的経緯は抜きにしても、ハワイや沖縄の暑い天気の下では、スパムのあの塩辛さが人々の味覚にマッチするのではないだろうか。その証拠になるかどうかまでは分からないが、ヨーロッパ戦線でスパムの人気が高まったという話は聞かない。
さらにもうひとつ、我々日本人は外国から取り入れた食べ物に独自の工夫をこらして、あるいは本家本元をしのぐかもしれないものを作り出すことに長けている。カレーライスも然り、ラーメンも然りだ。沖縄で食べたポーク玉子おにぎりはハワイで食べたスパムむすびより美味しかったな、とこれも個人的な感想である。
SPAM(R) Museum(スパム博物館)
住所:01 3rd Avenue NE
Austin, MN 55912
電話:+1 (507) 437-5100
公式ウェブサイト:https://www.spam.com/museum
文・角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。