取材・文/沢木文
仕事、そして男としての引退を意識する“アラウンド還暦”の男性。本連載では、『不倫女子のリアル』(小学館新書)などの著書がある沢木文が、妻も子供もいる彼らの、秘めた恋を紹介する。
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定年後はうつ状態になってふさぎ込んでいた
今回、お話を伺った、浅岡浩史さん(仮名・61歳)は、大手化学メーカーの研究職として1年前に定年を迎えた。
「恥ずかしながら、“定年うつ”になって、ずっとふさぎ込んでいて、妻も体調を崩してしまった。65歳まで働けたんだけど、通勤に1時間半もかかるから、しんどかったし、どこかで『おれはもうやり切った。老兵はただ消え去るのみ』なんて思っていた。でも、本当にやることがないんだよ。妻と娘に『お父さんがいると家が暗い』と言われて、腹が立っても何も言えないよね(笑)。反論したら倍返し……いや、3倍返しされるから」
好きなことをやろうと思って退職したものの、全く好きなことがない。
「大学出てから仕事漬けの人生だったから。趣味と言っても、読書か映画鑑賞くらい。音楽も好きじゃないし、出不精だし……酒は飲む方だけれど、ワインとか日本酒とかの知識を深めようとも思わない。もともとズボラでお金に興味がないから、利殖とか不動産投資とか言われても、ピンとこない、認めたくないけれど、つまらない男だよね」
浅岡さんは、埼玉県出身。県立高校から都内の私立大学に進学。大手化学メーカーに就職した。25歳の時に、大学時代から交際していた奥様と結婚し、30歳で父になる。それと同時に、実家の敷地内に家を建て、何不自由ない暮らしをしていた。
「もともと次男坊だから自己主張ができないんだよね。高校の先生に『浅岡は理系のこの大学に行け』と言われたので進学したし、大学では指導教授のコネで会社に入って、言われるままやってきた。結婚も妻が『そろそろ結婚したい』というから、入籍した。なんの野心もないし、人に指示されて流されるように生きてきた。でも、定年になると、誰も指示してくれない。自分で何かやらなくてはいけない。社会的に無意味な存在になったんだと落ち込んだよ」
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