ジャケット、トラウザーズに続いて、今回はチョッキの話をしたいと思います。
最初にクイズです。チョッキとは何語でしょう?
日本ではよく「ベスト」と呼んでいますが、「VEST」はアメリカ英語でチョッキのこと。イギリスではウエストコート(WAISTCOAT)と呼びます。ちなみに、「VEST」はイギリスでは肌着という意味で、フランス語の「VESTE」は上着を意味します。
最近は日本でもチョッキのことを「ジレ」と呼ぶ人が増えていますが、これはフランス語のGILET、ないしイタリア語のGILETのことです。
では、チョッキは? 残念ながら明快な答えが見つかりません。
『日本大百科全書』(小学館刊)によると、
「チョッキという俗称は、1868年(明治1)ごろには定着したものと思われるが、英語のジャケットjacketからの派生語だとする説(和英語林集成)、あるいはオランダ語のjakの訛(なま)った語とする説などがある」
とのこと。
どうやら言葉の由来も特定できないようです。
次に、チョッキの成り立ちを見てみましょう。現代の男性の「背広三つ揃え」=上着、チョッキ、ズボンの着装法の起源は、1666年にイギリス国王・チャールズ2世が発した衣服改革宣言にあるというのが服飾専門家の間では定説となっています.この宣言により、男性の服装はシャツ(シュミーズ)、コート(べスト)、サーコート(ジャケット)、ホーズ(トラウザーズ)、そしてネックウェア(首に巻くもの)という組み合わせになりました。以来、男性のスーツスタイルにはチョッキとネクタイが必需品となったのです。
このスーツスタイルに大きな変化が起こったのが、第二次世界大戦中のこと。イギリスで出された節約令により、既製品のスーツにウエストコート(チョッキ)を付けることが禁止されました。ここで背広上下という装いが初めて登場したのです。以来、男性のスーツに必ずしもチョッキが必要ではなくなったという次第です。
しかし、服装のカジュアル化が進む現代においても、ここ数年、チョッキが静かなブームになっているような気がします。テレビに出演しているタレントさんたちが結構な割合で三つ揃えを着用していますし、映画『007』の最新作でもジェームズ・ボンドが三つ揃えを着ていました。
ここまで三つ揃えの話をしてきましたが、チョッキは上着やズボンと同じ生地で作るものだけではありません。ジャケット&トラウザーズのセットアップスタイル用に、汎用性の高い色柄のチョッキ専用の生地(英語でウエストコーティングと言います)で作ったオッドベスト(ODD-VESTまたはODD-WAISTCOAT)をご用意されると、ワンラックアップのお洒落ができるので、ぜひ試してみてください。
ここで注意したいのが、チョッキの装い方です。気をつけていただきたいのは以下の2点です。
①チョッキの下からネクタイがはみ出さないようにすること
もちろんベストの下からワイシャツがのぞいて見えるなど論外です。
②チョッキの下からベルトやバックルが見えないようにすること
仮にベルトが見えないにしても、大きなバックルに押し出されて、チョッキの下部がふくらんでいると見苦しいので、チョッキ着用の際は小さ目のバックルのベルトを使用するくらいの細やかな心遣いをお願いします。ある英国のWEBサイトには「チョッキ着用の際は絶対にベルトは使用しない」と書いてあるくらいです。
チョッキは長さをできるだけ短くしたほうが美しく見えます。したがって、本来ならばブレイシーズ(サスペンダー)を使用するような、股上の深いトラウザーズを合わせるのが望ましいのですが、セットアップスタイルにそれも難しいでしょうから、前述2点に配慮いただくと、お洒落な装いになると思います。
最後に、チョッキ着用の際に、一番下のボタンを外すか、外さないかについては議論の余地があるところです。
そもそも、この装い方の起源は、イギリス・ヴィクトリア女王の長男で、お洒落で一世を風靡したエドワード7世(1841~1940)が、太り過ぎてチョッキの一番下のボタンが止められなくなり、外したままにしておいたのが、流行の先端の着用方法だと思われて、世のお洒落男子が真似をしたのが一般化したといわれています。
なので、この装い方をよしとするかどうかは、個人の判断にお任せしたいと思います。ちなみに、当店ではチョッキの一番下のボタンを、はじめから掛けられない位置に設定してお仕立てしています。
文/高橋 純(髙橋洋服店4代目店主)
1949年、東京・銀座生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本洋服専門学校を経て、1976年、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのビスポーク・テーラリングコースを日本人として初めて卒業する。『髙橋洋服店』は明治20年代に創業した、銀座で最も古い注文紳士服店。
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