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狆と呼んだ娘と結婚した日露戦争の英雄・秋山好古

取材・文/柿川鮎子 写真/木村圭司

楊洲周延著 千代田の大奥神田祭礼上覧 狆のくるひ(国立国会図書館アーカイブズ)

楊洲周延著 千代田の大奥神田祭礼上覧 狆のくるひ(国立国会図書館アーカイブズ)

日露戦争を勝利に導いた将軍・秋山好古(よしふる、1859~1930年)は晩婚主義者で、36歳で結婚した時も「結婚が早すぎた」と周囲にこぼしていました(秋山好古大将記念刊行会刊「秋山好古」)。そんな秋山が結婚に踏み切った理由のひとつは、女中による盗難事件でした。

母親と二人暮らしの家で働く女中が、無くても困らぬ程度の小物をこっそり盗んでいたのです。さしたる証拠もないため、見逃していたのですが、ある時、母親の荷物から高額の金品が盗まれました。外から盗賊が入ったように足跡が残されていたものの、それが妙に小さかったので、すぐに女中の仕業とわかりました。

好古は女中を厳しく叱責し、警察に引き渡すと脅して追い出します。そしてその夜、酒を飲みながら、事件の顛末を同僚の塚本芳郎に打ち明けました。すると、塚本は意外にも好古を責め、「こんな事件に遭うのも、家庭をきちんと取り締まる主婦がいないからだ。こんなことでいつまでも母親に苦労を掛けるのは、親不孝である」と逆に説教をされて、仕方なく結婚を決意します。

好古が結婚相手に求めていたのは、自分の母親と仲良くしてくれる、という一点だけでした。結婚すると決めたとたん、たくさんの女性を紹介されますが、母親が一番気に入ったのが、旧旗本の佐久間家で、「お姫(ひい)さま」と大切に育てられた多美という女性でした。

着物姿の女性が多美、官邸で長男を交えた記念撮影

着物姿の女性が多美、官邸で長男を交えた記念撮影

多美は秋山家と縁があり、好古・真之(さねゆき)兄弟とは幼い頃から面識がありました。好古は子供時代、青っ洟を垂らした相当な悪ガキで、兄弟で悪戯ばかりしていました。佐久間家に遊びに行った時も、女中達にたいそう嫌われ、特に弟の真之は「獣(けだもの)」とあだ名をつけられるほどでした。

弟にあだ名を付けられてくやしかったのか、好古も佐久間家の多美に、「狆(ちん)」というあだ名をつけました。多美は好古より12歳も年下なので、秋山兄弟と遊ぶにはまだ幼く、狆と呼ばれても、よくわからなかったようです。まさか、自分を狆とからかった男の妻になるとは、予想もしていなかったでしょう。

残された写真では、多美は美しく、将軍に寄り添う清楚な印象を与えます。犬の狆とは似ても似つかない風貌で、姑との仲も良く、酒飲みの夫を支えました。

還暦祝いの秋山好古と多美

還暦祝いの秋山好古と多美

女中の盗難騒ぎに懲りて妻帯した、と言いふらす好古に静かに従い、多美は二男五女の母となりました。好古が戦死したという誤報を受けた時も、将軍の妻らしく、落ち着いて対処し、話題になりました。後年、身近な人には「生涯でこれほど驚いたことは、なかったわ」と打ち明けています。

好古は、愛犬家でしたが、将来の愛妻を「狆」と呼んだ罰があたったのか、犬で痛い目に遭います。日露戦争の最中、手柄を立てた部下の町野武馬に対し、「よくやった、何でもくれてやるぞ」と鷹揚に言ったところ、「では、犬をください」と返されたのです。愛犬を手放したくない好古は、大いに困ったと伝えられています。

富士裾野での演習中の秋山将軍

富士裾野での演習中の秋山将軍

日本学者バジル・ホール・チェンバレン(1850~1935年)は日本人と犬との付き合い方を観察し、狆を他の犬とは別格の動物として扱っている点を指摘し、「日本人の犬に対する認識は『狆と犬』だ」と書き残しています。確かに、狆は徳川将軍家が大切に飼育していた日本の固有種で、ペリー提督にも「国の宝」として贈呈されました。

秋山好古が幼い多美を狆と呼んだのは、愛嬌のある顔が似ていたのではなく、「可愛らしい小さな動物」という意味だったのかもしれません。好古と多美との間には、微笑ましいエピソードが多く残されています。愛情あふれる夫婦関係は昭和5年、好古が72歳で病没するまで続きました。

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

写真/木村圭司

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