文/柿川鮎子

最近、ペットの介護問題が話題になることが多いのですが、犬は何歳ぐらいから介護をしなければならないのか、人と違って犬の介護って何をしたら良いのでしょうか。普段、元気な犬と暮らしていると漠然とした不安に襲われることがあります。

質の高いシニアドックライフケアについて、実際に老犬介護の現場で働いている動物介護・看護師佐々木優斗さんに、人と違うペットの介護について教えていただきました。

■犬がシニアになる時

「まず、いつからがシニア犬か、ですが、医療やフードの発達で平均寿命がのびています。人と犬の寿命差を見てみると、産まれて1年後の小型・中型犬は人でいうと17歳ぐらい。大型犬は12歳と、最初は小型・中型犬の方が先に成長します。でもそれが5年後ぐらいから逆転して、大型犬の方が先に歳をとり、15年後の中型・小型犬で76歳、大型犬で110歳です。人で110歳というと驚きますが、だいたい、小型犬も大型犬も産まれてから7~10年後ぐらいで飼い主さんが体の変化に気が付いて、介護についてのことを考えるようになります」。

「一番びっくりされるのは、トイレの失敗です。でも、人では当たり前のこと。町を元気に歩いているご高齢の方が下着に失禁パットを付けていても別に何とも思いませんよね? 特に大型犬は大きさの割に身体維持機能が不十分なため、細胞レベルでの寿命が短いと言われています。したがって、腫瘍の発生率も高くなります。私の愛犬も8歳で腫瘍で亡くなりました」。

■犬の老化は耳→目→鼻の順

「シニアの兆候は人と同じで背中が丸くなって背中が下がり、尾尻が下がってきます。感覚の衰えは聴覚から。よく目が白く濁ってきて、物にぶつかるので目からと思われていますが、実は聴覚なんです。『うちの子、呼んでもなかなか来なくなって、頑固になっちゃったの』という飼い主さんがいますが、もちろん高齢で頑固になる子もいますが、初期の段階では耳が聞こえない可能性もありますよ」と佐々木さん。

嗅覚は最後まで機能を保つため、嗅覚を使った脳トレは効果的。

そこで、佐々木さんが提案するのは、人でもよくやる脳トレーニングです。最後まで嗅覚は衰えないので、嗅覚を使った犬の脳トレが有効的だと言います。

「いつも同じ場所から与えていたごはんをほんのちょっと移動させます。自分の嗅覚でごはんを探しあてることで、脳トレになります。自分で探してフードを獲得する喜びが得られます。おやつ大好きな子だったら、部屋に隠して探す脳トレができます」と佐々木さん。フードを探すフォージングは、動物園でも行われているやり方で、家でもすぐにできそうです。

■身体・心・行動の三つの連鎖を断ち切る

感覚の衰えのほか、老犬になるとどんなことが起きるのでしょうか。佐々木さんは加齢による変化を「身体」「心」「行動」の3つの変化でとらえています。

「身体的特徴の変化では歯がグラグラしたり、筋肉が落ちたり、気管が狭くなる、お腹が弱くなるなど。心の変化では周りに興味がなくなった、甘えん坊になった。頑固になったという変化が出てきます。行動の変化では、歩かない、寝ていることが多い、食べない物が増えた、などです」

「ここで、飼い主さんに知っておいていただきたいのは、身体・心・行動は一つずつ別々に変化するのではなく、関連して起きることが多いということ。飼い主さんの介護の悩みや問題は、この3つの連鎖のどこかを断ち切ることで、解決することが多いのです」

「高齢になって筋力が落ちてきた→体の変化。周りに興味がなくなってきた→心の変化。寝ていることが多くなった→行動の変化。この3つをどこかで断ち切ります。体の変化を改善するために、ゆっくりでも歩いて散歩をしてもらう。散歩で気の合う犬友達に会って匂いで挨拶する。飼い主さんも散歩でなんだか楽しそうな顔をしているので、自分も嬉しくなって、また遊びたくなり、寝ている時間が減る、という具合です」

お腹を「のの字」に優しくマッサージすることで腸の蠕動運動を促す。

「高齢になるとお腹の調子が悪くなりがちで、下痢をしやすくなります。すると犬は食べたくなくなる。飼い主さんは、食べてもらいたい一心で、人が食べて美味しい、高級な和牛やハムなど味が濃いものを食べさせる。こうした食材は、消化に適していない塩分が多いものなので、さらに下痢が続く。飼い主さんはますます不安になって、犬も何だか気持ちが落ち込んで、食事が嫌いになり、これまで食べていた好物も食べなくなる……、そんな悪循環です」

佐々木さんがあげてくれた身体・心・行動の『悪の連鎖』の中に、飼い主さんが重要な役割を果たしているのに気が付きます。二つの事例では、散歩に行って晴れ晴れした顔をしている飼い主さんと、不安な顔をしてごはんを食べさせる飼い主さんの二人が登場しました。飼い主さんが笑顔で幸せな方が、犬にとって良いことが起こりそうです。

■ペット介護は飼い主さんの「笑顔」が必須

佐々木さんはペットの介護の定義を「身体機能が低下した犬の生活の質(QOL)の維持を図り、お世話をすること」としています。そのために、具体的に有効な方法として

(1)普段通りに接すること
(2)スキンシップをたくさんとること
(3)些細なことでもほめること

が介護にとても重要だと指摘しています。

専用の器具が無くても、後ろ足をタオルで持ち上げるだけで歩きやすくなる。

犬は敏感に空気を読むことができます。人が楽しいと自分も楽しい。逆に暗い空気があると、自分が悪いことをしていると思って、これまでできたこともやらなくなってしまいます。ちょっとしたことでも、飼い主さんが大げさに喜んでほめてあげると、もっともっとやろうという気になります。普段よりちょっとたくさん食べられたら、飼い主さんがすごく喜んでくれた。もっと食べよう、という具合です。

「実は介護で一番大切なのは飼い主さんの心の安定と幸福感なのです。介護は犬を抱っこしたりお世話が大変で、負担が増えるので、つい飼い主さんは笑顔を忘れてしまいますが、飼い主さんが笑顔でいてくれることが、犬にとっての幸せなのです。ニコニコ優しく体を触ってもらうだけで、犬は幸せな気持ちになって、心も体も安定します。どうか最後の日まで、笑顔で楽しい介護を目指してほしいですね」と『笑顔の介護』を教えてくれました。

取材協力/動物介護・看護師 佐々木優斗
11年間動物看護師として0.5次予防医療から救急医療まで幅広い分野を経験。愛犬の死を機に、もっと「わんちゃんの為にできる仕事」をと考え動物介護士としての道を選択。犬の大型介護施設勤務、ハイホスピタリティ老犬ホームの立ち上げを経て、老犬&老猫ホームと介護型ペットホテル<東京ペットホーム>マネージャーに就任。

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。編集協力『見わけ聞きわけ野鳥図鑑』(池田書店)、『インコ式生活のとびら』(誠文堂新光社)ほか。

 

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