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【娘のきもち】小さい頃の思い出にはいつも父の姿があった。家族の中で一番の味方は父だった~その1~

取材・文/ふじのあやこ

【娘のきもち】小さい頃の思い出にはいつも父の姿があった。家族の中で一番の味方は父だった~その1~

近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。

「父のように『今までしっかり親孝行をしたから、後悔はない』と、私も胸を張って言えるようになりたい」と語るのは、梨華さん(仮名・36歳)。彼女は現在、北海道札幌市の病院にて医療事務の仕事をしています。鎖骨まである緩いウェーブのかかった髪に、パステルカラーのアイシャドウが印象的。物腰は柔らかく、話している間ずっとニコニコと笑顔を絶やさない姿は好感を持てます。

パパっ子だった幼少期。父は兄妹の中で一番可愛がってくれた

梨華さんは北海道釧路市出身で、両親と4歳上に姉、3歳下に弟のいる5人家族。父親は食品業の製造の仕事をしており、母親は夏場だけ親族の仕事を手伝っていたと言います。

「両親はずっと釧路で生まれ育ち、親族も札幌や同じ釧路など道内にいます。両親ともに実家が漁師をやっていた家で、母親は普段は専業主婦なんですが、6月から10月の間だけ実家の昆布漁を手伝っていました」

梨華さんは昔から大のパパっ子だったそう。3兄妹それぞれに可愛がってくれる大人がいて、子供たちはそれぞれに懐いていたと振り返ります。

「姉は祖父母に、私は父に、そして弟は母から可愛がられていました。気づいたら姉は祖父母の家に入り浸るようになり、私はいつも父と遊んでいました。やっぱり、より可愛がってくれる人に子供って懐くじゃないですか。私は母も好きだったけど、より父のことが大好きでした。

弟が生まれる時はまだ私は幼すぎて病院に連れて行ってもらえず、祖父母の家に預けられていたんです。父親の姿が見えないことが悲しくて大泣きでしたね。父が迎えに来てくれたら泣き止んだみたいです。その時の母親のことはまったく覚えてないのに、父親が迎えに来てくれた姿ははっきりと覚えているんですよね」

他にも小学生の頃に一緒に遊んだ父親の思い出はいっぱいあると、梨華さんは語ります。

「父親は巨人ファンで、よく一緒にテレビでプロ野球を見ていた影響で私も小さい頃から野球が大好きでした。私は巨人ファンにはならずに当時キャッチャーの古田敦也選手が好きだったのでヤクルトファンだったんですけどね。一度まだ東京に本拠地があった日本ハムの試合が釧路で開催されたんです。父親がなんとかチケットを2枚だけ手に入れてくれて。その時は家族全員がプロ野球ファンだったのに、私が連れて行ってもらいました。さらに父は、練習中の外国人選手に必死でお願いをしてボールをもらってきてくれたんですよ。本当に嬉しかったですね。

あと、なぜかはわからないんですが、父親の会社の社員旅行にも一緒に連れて行ってもらってました。とにかく父親にベッタリでしたね」

進学の道を断念し、高校卒業時に就職。家族のために後悔はしていない

小さな反抗期のみ、特に大きな揉め事もなく梨華さんは地元の高校に進学。そして3年生になり、進路について考えた時にある小さなしこりが生まれたと言います。

「3年生になると急にバタバタしてくるんです。道内の他の地域がどうかはわからないんですが、釧路では3年の9、10月ぐらいから18歳を迎えた子は車の教習所に通うことを学校が許可してくれるんです。私の地域は車社会ですから。そして、同じ時期ぐらいから就職活動も始まります。私の進学した学校では就職する子が多く、仲の良い子たちも全員就職でした。でも、私は実は短大に行きたかったんです。保育士になりたくて、その資格が欲しかったから。母親に相談したところ、反対されたのでその夢はかないませんでした」

梨華さんは進路相談を母親にしかしなかったと言います。高校生になり、前ほど一緒にはいないものの、良い関係性を保っていた父親に相談しなかったのはなぜなのでしょうか?

「母親が家計を握っていたからですかね。それにもし父親が応援してくれて、父と母で揉めるなんてことになったら嫌でしたから。

母親は反対する理由を『弟を大学に行かせたいから』、私に就職してほしいと言いました。その理由にも納得できたんですよね。なんとなく男の人のほうが進学するべきだと思ったのかもしれません」

そのまま学校に求人を出していた調剤薬局に就職。そこから梨華さんは約17年間同じ職場で、実家から通い続けますが、その間一度も一人暮らしを考えたことはなかったそう。

「家から通える距離だったので、無理に一人暮らしなんてする気はまったく起きませんでした。でも、私はあるミュージシャンが好きでライブを見によく札幌まで夜行バスで行っていたんです。何度か通ううちに札幌への憧れが強くなっていきましたね」

持病の悪化により会社を退職。休職中に資格を取得し、その資格を生かす思いもあり札幌へ。父はいつまでも背中を押し続けてくれた。それは父と祖父の関係に似ていた。

~その2~に続きます。】

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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