写真・文/鈴木拓也
横浜市民の憩いの場である山下公園。その公園前に係留されている黒地にホワイトリボンの美しい船の名は、氷川丸という。

山下公園から見た氷川丸の優美な姿

氷川丸の竣工は1930年というから、今年で88歳の米寿。1960年に引退した後、宿泊施設を兼ねた観光船となり、のちに「日本郵船氷川丸」として博物館船に生まれ変わり今に至る。2016年には、「戦前の日本で建造され現存する唯一の貨客船」として、国の重要文化財に指定された。

船内は一般公開されているが、どういったところに見所があるのだろうか? 氷川丸の船長として、多年にわたり本船の魅力を入館者に伝えてきた金谷範夫さんが、船内を案内してくれた。

氷川丸の船長を務めて15年の金谷範夫船長

■アールデコの意匠が随所に配された一等食堂・一等社交室

氷川丸は、日本と米国シアトルとを結ぶ定期航路用貨客船として建造された。貨客船とは、貨物と旅客を一緒に運べる船舶を意味する。氷川丸は大量の輸出入品と最大300人近い旅客を乗せ、最短航路となるアリューシャン列島のそばを往復した。

戦前においては、1930年5月に初航海に出航し、米国との対立が深まる1941年7月に航路休止になるまで、太平洋横断73航海と活躍した。

横浜を出港してシアトルに着くまで2週間。音楽会やゲーム大会など様々な催しが提供されたが、どうしても退屈になりがちな航海を楽しいものにしてくれる最大のもてなしは、やはり食事。入館者が最初に目を引かれるのが、かつてバラエティーに富んだ料理が供された一等食堂である。

現役当時の様子が再現された一等食堂

金谷船長:「氷川丸の船内にあるほとんどのものは外国製です。一等食堂もしかりで、内装を手掛けたのはマルク・シモンというフランス人。アールデコを基調としています」

氷川丸のメインホールで、一等船客の社交場や公式レセプション会場として利用されたのが一等社交室。こちらも当時の内装がほぼ設計どおりに残されている貴重な空間だ。

当時の華やかなたたずまいが残る一等社交室

金谷船長:「アールデコが採用されたのは、当時の流行もありますが、左右対称・繰り返しの紋様の連続で、非常に細工しやすいというのもありました。そして、ご覧のとおり、一等社交室では木が多く用いられています。今は法令で木材はこうした船には使えないので、その意味でも氷川丸は貴重です」

■戦時中は病院船として活躍した氷川丸

米国との開戦が間近に迫った1941年11月、氷川丸は海軍に徴用される。横須賀海軍工廠で特設病院船として改装され、両舷の中央と煙突に赤十字マークが描かれた。

病院船氷川丸は終戦までの3年半に計24回の航海で約3万人の戦傷病兵を輸送した。

2018年12月2日まで、船内の一等読書室において特別パネル展「病院船時代の氷川丸」が開催されており、入館者は戦時中の氷川丸の雄姿を垣間見ることができる。

金谷船長:「パネル展に展示されているこれらの写真は、氷川丸に乗船していた海軍兵のものです。昨年、そのお孫さんから寄贈されました。なかなか珍しい写真で、当時の様子を語る資料としてとても重要なものです」

病院船だった頃の氷川丸の写真を解説する金谷船長

■船名の由来は氷川神社

当時日本郵船では、船名に旧国名や山、神社の名前を選ぶ伝統があった。

金谷船長:「氷川丸の名前は、さいたま市大宮区の氷川神社からつけたものです。中央階段の手すりには氷川神社の神紋『八雲』を見る事ができます。神紋の隣にあるのは、神棚にお供えする榊(さかき)ですね」

氷川神社の神紋をモチーフにした手すりの紋様

氷川神社からいただいた御札はブリッジの神棚に納め、船長と機関長は毎朝手を合わせ航海の無事を祈った。神棚は今もブリッジに安置されている。

氷川丸のブリッジにある神棚

■チャップリンや秩父宮両殿下も利用した一等特別室

氷川丸の客室は、一等特別室、一等客室、二等客室、三等客室に分かれていた。なかでも一等特別室は、チャールズ・チャップリンや秩父宮両殿下など、貴賓が泊まった由緒ある部屋。

金谷船長:「こちらは外国人によるアールデコ様式ではなく、川島織物の社長であった3代目川島甚兵衛がデザインしたといわれます。リビング、浴室、寝室からなるスイートルームで、凝ったつくりになっていますね」

ステンドグラスがはめられた窓が珍しい一等特別室のリビング

■大型貨客船の推進力を生み出す機関室は圧巻

機関室(エンジンルーム)は、氷川丸の見所の中でも1つのハイライトとなるものだ。初めて見る人は、誰もがその規模の大きに圧倒される。
金谷船長:「氷川丸のエンジンは、デンマークのB&W社製なのですね。この船を造ったときに、機関士らはデンマークまで行き、なおかつ1年近くにわたって操作方法を学んだのです。ちなみに、エンジンのある場所は、海底から4メートルくらい上のところで、夏は涼しいです」

竣工当時最新鋭のディーゼルエンジンを搭載した機関室

以上、金谷船長のご案内のもと、日本郵船氷川丸の魅力をかいつまんで紹介した。割愛したが、ほかに一等喫煙室や氷川丸の歴史がたどれる展示室などもあり、甲板からの眺めは素晴らしい。横浜観光の折には、ぜひとも立ち寄られたい。

■日本郵船氷川丸
住所:横浜市中区山下町山下公園地先
電話:045-641-4362
休館日:月曜日(祝日の場合は開館し、翌平日に休館)
臨時休館日:2019年1月21日(月)~2019年1月25日(金)
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料(大人);300円
アクセス:みなとみらい線元町・中華街駅(4番出口から出て徒歩3分)
公式サイト:https://www.nyk.com/rekishi/

■金谷範夫船長プロフィール
1950年、東京生まれ。1971年、日本郵船に入社。航海士として21年の勤務の後、2003年、氷川丸の船長となる。目標は「氷川丸は横浜の宝。いつか世界遺産にするのが夢」。

参考資料:
『氷川丸とその時代』(郵船OB氷川丸研究会編/海文堂出版)
『氷川丸ガイドブック』(日本郵船歴史博物館制作)
写真・文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。

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