夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。火曜日は「暮らし・家計」をテーマに、進藤晶子さんが執筆します。

文/進藤晶子

2014年から放送中の『熱中世代』(BS朝日)の司会を務めています。映画、音楽、美術、文芸、芸能などの各界から、人生の円熟期にいらっしゃる方をゲストにお招きし、ご自身の生き方や、今だから話せる秘話やエピソードなどを語っていただく番組です。

『熱中時代』の収録打ち合わせ風景。一番奥がMCでご一緒させていただいている作家・演出家の鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)さん。鴻上さんは「人間は生々しい部分にこそ本質が出る」と、この番組ではゲストに必ず恋愛の話をかなりツッコンで聞かれます。

ゲストはどなたも一時代を築いてこられた方たちです。

女優の岩下志麻さん、若尾文子さん、香川京子さん、岸惠子さん、岡田茉莉子さん。音楽家のきたやまおさむさん、谷村新司さん、伊藤ゆかりさん、加藤登紀子さん、夏木マリさん。作家のなかにし礼さん、五木寛之さんに、美術家の横尾忠則さん……。と、あまりの豪華さにめまいがしてしまいます。

ゲストのみなさんをお迎えするにあたって、事前にそれまでの足跡を辿り、インタビューの下準備をします。たとえば女優さんの場合、出演された映画作品などを拝見するのですが、どの方も作品数が膨大で、限られた時間では到底、すべてを見ることはできません。

それでも、その方の人生を追いかけているうち、スタッフが準備してくれる資料だけでは物足りなくて、TSUTAYAに駆け込むこともしばしば。この作業がとてもおもしろい!!

今井正監督『ひめゆりの塔』
溝口健二監督『山椒大夫』『近松物語』
豊田四郎監督『雪国』
田中重雄監督『永すぎた春』
小津安二郎監督『東京物語』『彼岸花』
吉田喜重監督『秋津温泉』
市川崑監督『おとうと』
増村保造監督『妻は告白する』『清作の妻』
大島渚監督『愛のコリーダ』『愛の亡霊』
篠田正浩監督『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』『はなれ瞽女(ごぜ)おりん』

巨匠と評される監督がきら星のごとくひしめき、文豪・川端康成や三島由紀夫作品が映画化された時代。1950〜70年代に公開された作品が多く、残念ながらDVD化されていなくて手に入らないこともあります。でも、こう列挙してみると、かなりの数を見てきたのだなあ、と自分でも驚きます。

『熱中世代』を担当しなければ、このような機会もなかったでしょうから、心から感謝です。

めちゃくちゃカッコイイ!!『雪国』で三味線を披露する岸恵子さんの凛々しさ。

『妻は告白する』の若尾文子さんの、裁判シーンで憔悴した表情の美しさといったら!

あまりにもアーティスティックで釘付けになった『心中天網島』は、1969年の公開とは信じられない斬新さ。背景や美術もモダンで、何度も巻き戻して見てしまいました。

日本映画全盛期のこの時代、映画は大人のためのエンターテイメントだったのだと再認識させられます。

戦後の、まだ混沌としていながら熱気にあふれ、新しいものがどんどん生まれてきた時代。映画、文学、音楽、美術がすべてつながり、若々しい才能が互いに影響し合い、新しい文化をつくり出す。日本文芸の近代史を見ているようです。制作に携わる人にも、観客にとっても、いい時代だったのだろうなあと、うらやましさすら覚えます。

反省すべきは、自分が「知ったつもり」になっていたこと。作品のタイトルや監督の名前だけで、なんとなく知った気になっていたんですね。聞くと見るではまったく受ける印象が違いました。

それは、ゲストのみなさんのキャリアに対しても、同じことが言えます。才能を開花させるまでの、時代背景や生い立ち、心の葛藤などを知れば知るほど、“大女優”という大きな木だけをボンヤリと見て、上っ面の知識だけで満足してきた自分が恥ずかしくなります。木の幹や根っこにこそ、その方の真髄があるのに、と。

ゲストの方の著書の数々。できる限り収録前に読むようにしていますが……、なかなか追いつきません。

もう大女優は生まれてこない?

ゲストのみなさんがよくおっしゃるのは、映画制作の環境が大きく変わってしまったということです。時間も予算も制約が厳しく、かつてのモノ作りへの“こだわり”が許されなくなっている、と。

ゲストの岡田茉莉子さんが番組中、「大女優はもう出てこないでしょうね」とおっしゃったのが印象に残っています。

かつては1本の映画を作るために、スタッフが時間を尽くして議論し、納得がいくまで撮り続けた。妥協しないでいられる環境だったし、そんな修羅場をくぐる中で、俳優も育っていったのだと。今はスピードが優先され、そんな悠長なことをしていられない。女優を卵からじっくり育てるなんて、時間がかかりすぎてできないでしょう、と。

岩下志麻さんは、小津安二郎監督の『秋刀魚の味』にヒロインとして出演された時のエピソードを話してくださいました。
結婚話が破談になり、呆然としながら自分の指に巻尺を巻くシーンで、何度も何度も撮り直しが続いたのだそうです。

でも小津監督は、どこが悪いとはおっしゃらない。撮影後しばらくしてから、

「人は悲しいときに悲しい顔をするわけじゃない。人間の感情はそんな単純ではない」

と監督は岩下さんに話されたそうです。

「きっと、表情が自然になるまで、監督は待ってくださっていたのでしょうね」

と、懐かしそうにお話しくださいました。

撮影中に、監督が「雲が違う」「波が違う」と言って“天気待ち”で中断した、というのは有名な話ですが、そんな「余白の時間」が何かを生み出していたのでしょうね。

環境は変わっても、きっと受け継ぐことができることもある。「時代」をつくったレジェンドたちのキャリアにもっと敬意を払い、その貴重な経験をキチンと伝えていかなくては。これが私たちの世代の務めだと思う、今日この頃です。

文/進藤晶子(しんどう・まさこ)
昭和46年、大阪府生まれ。フリーキャスター。元TBSアナウンサー。現在、経済情報番組『がっちりマンデー!!』(TBS系)などに出演中。

 

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