文/鈴木拓也

総務省の最新の家計調査によれば、1世帯あたりの月額消費支出は2年連続の減少。
物価高が続いていながら消費が減るということは、節約志向が強まっていることの現れだ。節約術をテーマにした記事や番組もよく目にし、今の日本は1億総節約の時代なのかもしれない。
「節約」という言葉には、どうしても後ろ向きなイメージが伴うが、むしろそれを楽しむことをすすめるのは、作家・書誌学者の林望(はやしのぞむ)さんだ。
林さんは、新著『節約を楽しむ あえて今、現金主義の理由』(朝日新聞出版 https://publications.asahi.com/product/25189.html)において、節約に関する持論を展開。視点がユニークで、かつ実践的だからだろうか、よく売れている。
今回は本書より、林さん流の「令和の節約術」を一部紹介しよう。
ポイントは本当に得か?
「ポイ活」という言葉がすっかり市民権を得た昨今、買い物をしたとき、どれだけポイントを獲得できるかが気になる……こんな風潮に林さんは疑義を挟む。
例えば、出前サービスのキャッシュレス決済。サービスを利用するたびにポイントが貯まるが、それは本当に得なのか? ちょっと昔は、飲食店がお金を取らずに出前をしてくれた。それがなくなって、今流行りの代行業者が配達するようになったが、それで「ほんとうにいい世の中なのだろうか?」と指摘する。
また、何かの会員になったときのポイント還元は要注意だとも。
「今この会員になると3000ポイントおまけがつきます」といった場合、彼らはその3000ポイントを損したままにしておきますか? そんなわけはないでしょう、商売なのですから。3000ポイントのおまけを出したら、その分の倍も3倍も先方は儲かるようにできているわけです」(本書21~22pより)
だから林さんは、そうした「誘い水」には一切乗らないと言うが、例外はある。林さんは、航空系のクレジットカードを2枚持っているが、それは買い物の額に応じてマイレージが貯まるから。おかげで、林さんの奥さんは、航空運賃を払うことなく、アメリカに住む息子さんの家に何度も行き来できているという。これを唯一の例外とし、林さんはポイントの類は一切無視しているそうだ。
投資は資産を持つ人がやればいい
政府が「貯蓄から投資へ」のスローガンを掲げ、国民のNISAへの関心が高まっている。それでNISAの口座数はハイペースで増加し、今や2500万口座を超えている。
林さんは、NISAを含めた投資については辛口で、「資産を持つ人がやればいい」というスタンスだ。
では、資産家ではない人はどう考えるべきか。林さんは、次のように答えている。
それは畢竟、少ない可処分所得を、いっそう少なくするというだけの結果で、一万二万というお金は、庶民の生活資金としては大切な金額ですが、投資の元手とするには、少な過ぎて、結果として手にする利子は、良くっても何年後かに、ビールを何本か飲んだらおしまい、という程度の金額でしかないのではなかろうかと思うのです。(本書59pより)
代わりにすすめるのは、「コツコツ貯めること」だと言う林さんだが、投資と名のつくものは全部ダメというわけではない。一例として林さんは、「専門分野の古書」に投資していると打ち明ける。これは、古本屋やネットオークションで、価値のある本が安く売られているのを見つけたら買い取るというもの。入手した本はしばらく手許に置いて、読んだり研究しながら愛玩し、かなり長い期間が経ったら、「世の中にお返しする」感覚で売りに出す。単に利得だけでなく、充分な楽しみや知識も得られる点で、この投資は人生にうるおいを与えてくれる。
健康が何よりも節約になる
林さんが、まるまる1章を割いて「一番の節約」と太鼓判を押すのが、「健康であること」だ。
鼻洗浄を40年以上続け、常に万歩計を携帯するなど、健康オタク的な話も開陳されるが、何より参考となるのが食生活の話だろう。
なかでも基本となるのが、外食は極力控えること。飲食店での食事はどうしても高脂肪、高塩分となりがちで、これが健康に悪影響を与えやすい。
そこで、食生活のメインは自炊となる。大学の職務から離れ、子どもは独立して夫婦二人暮らしの今、料理を作るのはもっぱら林さんの役目だ。
食材も、ご自身がスーパーに出かけて見繕うが、「さまざまなものを買ってきて順繰りに使っていく」。そして、ストックがなくなるまで買い物をしないというのが、「節約の王道」だとも。
林さんは菜食主義ではないが、野菜をたくさん摂ることに重きを置く。それも同じものばかりではなく、「さつまいもやかぼちゃ、にんじんといった黄色い野菜、緑色の葉物、大根やカブラのような白い根菜類などなど」といったかんじで、種類も豊富に食べることを意識する。そのほか、健康的な食へのこだわりが、これでもかと解説されている。
今までこだわりなく何でも食べていた人にとって、全部を真似するのは難しいかもしれない。だが、「そうした食生活を維持していると、見た目に老けることもありません」と林さんは豪語する。エンゲル係数の押し下げにも一役買うのなら、ちょっとはチャレンジしてみる価値はありそうだ。
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本書は、単なる節約のヒントにとどまらず、生活の知恵が詰まった読み応えのある1冊に仕上がっている。生活防衛に備えている人にも、そうでない人にも一読をすすめたい。
【今日の生活を楽しむ1冊】
『節約を楽しむ あえて今、現金主義の理由』

定価924円
朝日新聞出版
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。
