コンビニで働くスキルは何よりも使える
退職してから4年間、人権保護団体とコンビニのバイトを続け、時間的にゆとりがある生活を続けていた。妻と都内のマンションで暮らし、朝7時に2人でプールに行き、1時間泳ぐ。1時間ほどまどろみ10時に出勤。コンビニバイトも含めて18時まで働いて帰宅。
「マンションのローンは終わっており、妻も自分の実家と僕の家を行ったり来たりしている生活です。誰を養うこともなければ、年収200万円で十分生活できるんです」
健康的な生活を続けたことで体重は10キロ減り、体内年齢は30代後半になったという。そんなある日、母が突然死して故郷に帰ることになった。
「冬に風呂から上がった時、ヒートショックで亡くなったんです。85歳でした。姉一家は海外にいるので、僕がどうにかするしかない。父は動転して、後を追いそうでした」
父は83歳、姉さん女房のおしどり夫婦だった。
「父を一人にするわけにもいかないので、父を看取るまで新潟で生活することに。マンションは人に貸して、人権保護団体の仕事はリモートで続けています。こっちでもコンビニの仕事を始めています。体を動かすし、人と出会うからいい気晴らしになるんです。コンビニで働くスキルは、どんな資格よりも使えると思っています」
このスキルを身につけられたのは、55歳で退職したことも大きいという。
「60歳からだと体力的にも厳しかったかもしれない。それに、プライドを乗り越えられなかったと思うんです。“まだ働かなければならない”年齢の55歳だったから、挑戦できたのかもしれません」
地方のコンビニで働いていると、東京ではわからないことに気づくという。
「まず、車がないと生活できないこと。最寄りのコンビニやスーパーまで1キロ以上あるから、90歳近くなっても運転している人は多い。車がなくなれば、政府がいう“食料品アクセス困難者”になる。あとは、凄まじい少子化。どこに行っても、高齢者ばかり。ちょっと雪が降ると、身動きが取れなくなってしまう。60歳の僕が若手だから、隣近所の除雪を頼まれるんですよ」
今、直樹さんは地方の課題を解決するために、何をすればいいか、自治体と話し合うための資料作りをしている。
「今の季節の喫緊の課題は除雪ですが、他にも高齢者の医療、介護の状態は逼迫していると感じます。昨日までコンビニに来ていた男性が来なくなって行政に連絡したら、家で亡くなっていたということもありました。こういうことは、オフィスビルで守られた世界にいた時代は気づかなかった。早々にそこから出たことで、今は人間らしい生活をしています」
直樹さんの今後の課題は、妻に愛想を尽かされないことだという。
「父親にかまけていると、妻がどこかに行ってしまう。60歳はまだ若いので、色々誘惑があるんですよ。今週末は父をショートステイに預けて、東京に行きます」
直樹さんは、月に1回程度、仕事や妻に会うために上京しているが、その度に東京にも高齢者は増えていると感じるという。直樹さんは定年後に“若手”として、生きるとは思わなかったという。それほど日本の高齢化は進んでいる。定年後のキャリアに、社会貢献活動を加えるのも選択肢の一つではないかと感じた。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。