スープが冷めない距離に住む息子との交流

別居時、息子は、由美子さんの家の近くに家を借りた。かつては「一人にさせてほしい」と思っていたが、70代に入ると、身内が近くにいるのは心強かった。

「私が倒れたら、呼ばれるのは息子。近くにいるとこっちも安心だし、気が楽。それに私が死んだらこのアパートは息子のものですから、今のうちに管理のことも教えておきたいし」

高級旅館の「エセ親孝行の旅」の怒りは残っていたのではないだろうか。

「時間の経過とともに感情は消えます。息子のことはなんでも許しちゃう(笑)。それに私は、日々、『冬のソナタ』、『ボヘミアンラプソディ』、『カサブランカ』の他にもたくさん、美しい物語のドラマや映画を観ているでしょ。そうすると、怒りを抱えている自分が恥ずかしくなるのよ。どんなことに対しても、“水に流そう”とか“仕方がないよね”って思っちゃう。でもこれは息子が誰かに殺されたり、不慮の事故で死んでしまってはそうはならない。自殺もそうよね。大切な人が生きているということが、私にとって幸せだと思うようになった」

離婚した直後に、息子は「お母さんごめんなさい」と謝りに来た。そして、唐突に「韓国に行かない?」と提案してきたという。

「びっくりしましたよ。海外でしょ? 私に行けるとは思っていなかった。3泊4日の旅でした。息子は『冬ソナ』のロケ地を調べ、聖地巡礼をしてくれたんです。私のペースでゆっくり歩き、ゆっくり回ってくれた。中でも感動したのは、ナミソム(南怡島)のメタセコイヤの並木道。ドラマから20年くらい経っているのに、すごく綺麗なんです」

秋だったので、観光客でごった返していたが、満足したという。

「息子が亡き夫に重なってしまいました。思えば、夫が死んだ年と、今の息子は同い年なんです。夫も優しい人でしたからね。“由美ちゃん、ありがとう”“由美ちゃん、何食べる?”とかいつも聞いてくれて、私を最優先してくれましたから」

韓国の旅で、息子の無言の労りを感じ、「この子を育ててよかった」と思ったそう。

「大人になった息子は、優しいんですよ。母と息子の距離が近くなるのは仕方がない。マザコン上等ですよ! だってこちとら命がけで産んで、育てているんですから。女の子だったら、“子供を産みなさい”といっていたかもしれません。でも、息子が親になったとて、嫁の子でしょ。ウチの場合、あの嫁は他人だった。このアパートも私を追い出して、取られちゃうかもしれないしね」

離婚後の息子はいきいきと働いているという。由美子さんは近くに住む息子の家の合鍵を預かっている。ときどき掃除や洗濯をしに行こうと思うも、グッと堪えているという。「そうなると、また私が頼られる。私の老後には、息子がいましたが、息子には誰もいませんから、一人に慣れてもらわないと」と語る。

今も1年前の韓国の旅の写真を見て、「楽しかった」と振り返るという。由美子さんは、また旅に行くために、ストレッチやウォーキングをして、健康診断も定期的に受けている。息子は旅を母・由美子さんにプレゼントし、「生きがい」を教えてくれた。この気づきこそが親孝行なのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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