成長した息子の姿が一番の親孝行

夫を送り、孫ができ、芳恵さんの人生は満たされていた。そこで残る問題は店だ。戦後、母親が苦労して店を維持する姿を見てきた。土地も建物も芳恵さん名義なので、売ることはできるが道路が狭いために、どの程度の値段がつくかわからない。

「地上げの話もありましたが、どれもみな胡散臭く感じてしまう。最良の選択肢は、子供の誰かが店を継ぐこと。自分の土地でお店をやっている人しかわからない感覚かもしれませんが、土地と人は一体化するんですよ。加えて、20年前に亡くなった母の執念も染み込んでいる。認知症になってからも“いらっしゃいませ”だけは言っていましたから。まあ、絶対に誰にも譲りたくないというのが、本音。コロナ前のスナックブームで新しいお客様も増え、トイレの改装などもしました。それに私はまだ働ける。どうしようかと思っていたら、次男が“俺、手伝うよ”と言ってきたんです」

喫煙や喧嘩を繰り返し、親の財布からお金を取ったり、借金の後始末を親になすりつけていた次男は、結婚を機に変わった。

「お嫁さんがしっかり働き、我が子ができて気持ちが変わったんでしょうね。自分が親になった覚悟というか……。独身のまま好き勝手やっている長男と長女とは違う。人間の深みが伝わってくるんです。次男は40歳のときに、施設のメンテナンスを行う会社の正社員になりました。これが初めての定職です。コロナ禍中にみるみる昇進して、今は管理職。早くに帰れるようになったので、店を手伝うと」

1年前から、次男は21時に出勤し、24時までカウンターに立っているという。

「私が17時から出て、常連のお客様の相手をして、息子が引き継いで、若いお客さんの相手をする。私が作るチャーム(おつまみ)を”おふくろの味だ”って喜んでくれるって。だから、飲み屋のつまみなのに、たっぷり盛るんです。今日作ってきたのは、空芯菜の胡麻和えと、父から教えてもらったゴーヤチャンプルーと鳥手羽のコーラ煮です」

次男はその後、店の掃除や帳簿付けをして、1時に帰宅。3時に就寝して朝8時に起きて出勤する。18時に退勤し、自宅で食事をして21時から店に出る。現在46歳で若いとはいえ、なかなかハードな生活だ。

「戦後、うちの両親は寝る間もないくらい働いていたので、その血を引いたんでしょうね。さらに息子は商店会の集まりなどにも出てくれて、本当に助かっています。私にとって、親孝行は“思いを受け止めてくれること”だったんですよ。両親からもらった思いを受け止め、次世代に繋げてくれた」

次男はお金に困っていたから、店を手伝ったのではないかと思ってしまったが、芳恵さんは「それは違う」という。

「お嫁さんの実家は地主なんですよ。あと、次男はフラフラと放浪しているときに、あるおばあちゃんに気に入られて、養子になってしまったんです。あのときは、驚きました。そして、その女性を看取って、家に帰ってきた。その女性には身寄りがなく、不動産も含めた資産が、次男のところに入ってきた。その女性との約束が、“きちんと働くこと。親を大切にすること”だったそうです」

女性からの資産は、古いアパートと3千万円の貯金だったという。次男は他家に養子に出ているので、芳恵さんとは苗字が違う。

「それでもいいんですよ。血が繋がっているから。あと、家もあるし、お金は不足しない程度にあると、この歳になるとどうでもいいんです。それよりも、店です。私はあと5年は店に出たい。私が死んだ後、どうなってもいいとは思うのですが、きっと次男が店を継いでくれる。その充足感だけで十分なんです」

次男は、世間的に“非行”と呼ばれる行動を繰り返してきたが、嘘をついたことがなかった。正面から全てを受け止め、さらっと流して生きていた。そういう生き方が、亡き夫にそっくりだそうだ。両親や夫など、芳恵さんが愛し、守り大切にしてきた人の面影を次男の姿で確認するのが幸せだという。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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