どこかに子孫が生きているという喜び

さらに、嫁は紀雄さんの妻が集めた、海外の食器ブランドのティーセットを、フリマアプリなどで売却していた。もちろん無断でこっそりと持ち帰ったものだった。それに気づいた息子が「やめろよ」と言うと、「マザコン」と言い返された。

「カミさんは買って満足するタイプだから、そのことを今も知らない。息子はそこまでは我慢できたそうです。離婚に踏み切ったのは、嫁がたびたび浮気をしていたことだったという。息子は潔癖なところがあるから、いろんな男性と関係を持つ嫁のことが不気味に思うようになっていったそうです」

嫁はさらに気分のアップダウンが激しく、調子がいい時は明るくポジティブな発言を繰り返すが、ひとたび気持ちがこじれると、「私なんか生きている価値もない」「死にたい」「私が不幸なのはあなたのせいだ」と繰り返したという。

「嫁の立場も会社で悪くなっていき、下請けにパワーハラスメントを行うなどして、現在は閑職にいるようです。私の人を見る目は確かだった」

今、紀雄さんは穏やかな毎日を過ごしている。60代を孫の世話に明け暮れていたので、基礎体力も強化されたという。

「やはり、赤ちゃんや幼児にはとても強いエネルギーがある。あれに対応できた自分に自信もつきました。可愛がっていた孫であり、今はどうしているかと思うところもあるけれど、あの嫁の子供だから、変わった子に育っているんだとは思います」

息子は、離婚後も月に1回面会交流ができるというが、米国に住んでいるため、リモートで行っている。

「やはり、我が子だから会えないことは辛いだろうし、心配なんだろうね。よく“お父さん、あっこ(孫)から連絡があったら、何とかしてやって”とは頼まれています。孫はうちの住所を知っているそうです。それなのに手紙の一つもよこさないからね。やはりあの嫁の子だとは思っていますよ」

紀雄さんには地方在住の次男(40歳)もいるが、結婚の予定は全くないという。

「次男も大手企業に勤めていて、風采も悪くない。中高を共学で過ごし大学時代はモテていた。彼女も何人もいた。だからこそ、“もっといい相手がいる”と心のどこかで思っている。あいつは、自分がおじさんになっていることに気づいていないんですよ。今もガールフレンドはいるみたいだけれど、結婚はないと思う」

紀雄さん夫妻はもう孫を「十分過ぎるほど」抱いた。

「孫を抱かせるのは、親孝行だとは思います。あとは、自分の子孫がこの世のどこかで生きているという喜びというか、満足感のようなものが大きいかな。会えなくても、この世のどこかで生きている。運が良ければ、孫も人の親になるかもしれない。自分の生命が創造した子孫が未来へつながる可能性を感じさせてくれたのは、長男がくれた親孝行でしょうね」

命や愛、思いはお金では買えない。それを感じることができたのも、紀雄さんのこれまでの人生で積み上げてきたものが大きい。果たして、孫の世話を押し付けられた時に、紀雄さんと同じように感じられるだろうか……と考えずにはいられなかった。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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