「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。では親孝行とは何だろうか。一般的に旅行や食事に連れて行くことなどと言われているが、本当に親はそれを求めているのだろうか。
ここでは家族の問題を取材し続けるライター沢木文が、子供を持つ60〜70代にインタビューし、親子関係と、親孝行について紹介していく。
娘が死んでしまったことが、受け入れられない
東京都郊外の高齢者向け住宅で一人暮らしをしている義親さん(75歳)は、45歳の長女がいたから生きている、と語る。
「近くに住んでいて、頻繁にLINEはしているけれど、ウチに頻繁に来ないのは、仕事に育児に忙しいということ。7年前に次女を亡くしてからは、我が子というのは、今、生きていることが親孝行だと思うようになりました」
団塊世代の父親と娘の関係は希薄であることが多い。なぜなら、この世代は会社(仕事)に人生を捧げている人が多く、プライベートは二の次、三の次という人が多いからだ。
「同期は皆、会社に愛情を持っていたと思います。私は新卒時に第一希望の大手機械メーカーに入り、それこそ定年まで充実した会社員生活を送りました。仕事の縁で2歳年上の妻とも出会えたし、2人の娘たちが生まれ親になる喜びも知りました」
しかし、そのうちの一人は30代半ばで、命の火が消えてしまった。そしてその後を追うように、妻も73歳の若さで亡くなってしまう。
「もう7年が経つから、他人に話せるようになったのかもしれない。娘の葬式を出してからその3年後に妻が亡くなるまで、ほとんど記憶がないんです。私より先に娘が死に、さらに妻までもがいなくなってしまったことを受け入れるのは、非常に辛い。長女が私をこの世に留めてくれる杭になってくれているんだと感じます」
長女は、義親さんに似ているという。勉強ができて冷静、とっつきにくく、ぶっきらぼう。ただ正直で優しいので、人から信頼され愛される。
「おかげさまで、就職氷河期の女子なのに、内定が何社からも出て、第一希望の大手食品メーカーで仕事を続けています。しかも、結婚してマンションも購入し、30歳までに2児の母になっていますからね。婚活に苦戦し、結局結婚できないまま亡くなった次女は“なんでお姉ちゃんが結婚できて私はできないの?”と言っていましたが、私からすれば、長女の方が信頼できるので、当然の結果だとは思いますが」
同じ親とはいえ、長女と次女は全く似ていない。次女は華やかで明るく、愛想がいい。次女がそこにいるだけで、空気が華やぐようなところがあったという。だから、妻は赤ん坊の頃から次女を特に可愛がっていた。
「生まれたときから長女と次女では扱いが違いました。長女にしてみれば、妹と差をつけられて面白くなかっただろう。4〜5歳の頃は“お母さんは私の本当のお母さんじゃないでしょう”と言っていた。その度に妻は“そうよ。橋の下で拾ってきたの”と答えていたんです」
現在、このような発言が虐待とみなされるが、当時は冗談の範囲だったという。
「長女がショックを受けて泣き出すと、みんなが“そんなの嘘よ”と笑う。あのときに、長女が私のところに来て、手をぎゅっとつかんだことは今でも忘れられない。あのときに父性のようなものが目覚めたのかな」
【“一卵性母娘”と言われた次女と妻、成績優秀な長女…次のページに続きます】