母親が仕事を紹介してくれた
いろんな薬を頼り、お腹の調子がある程度コントロールできるようになってから歩美さんは仕事を探し始める。しかし、すぐにトイレに行ける状況じゃなくなることへの恐怖、お腹の音が響く静かな場所に対する恐怖、そして周囲の目も気になり、なかなか一歩を踏み出せなかったという。しばらくして歩美さんは探していた正社員ではなく、アルバイトの仕事に就く。そのアルバイト先は母親の知り合いのお店だった。
「営業などいろんな人に会うような仕事は緊張するし、デスクワークなどは静かでお腹の音が気になるし、トイレも頻繁に行ったりしたら悪目立ちしてしまう……。そんなことを想像するだけでしんどくなりました。
働かなければという焦りと働くことに対する恐怖から症状が不安定になってきたぐらいのときに、母親からアルバイトをしてみないかと言われました。バイト先は母親の知り合いのお店で、開店前のお店の準備や料理の仕込みを行うというものでした。その仕事は慣れたら1人で行うというもので、そのお店の人の親族に私と同じ病気の人がいるとのことで理解があるようでした。
私は、そのお店で慣れるまでは母親と一緒に働き、そこから1人で働けるようになりました。母親は仕事先に相談して、私に寄り添ってくれたのです」
歩美さんは現在、ECサイトの運営スタッフとして自宅で仕事をしている。Webの知識はアルバイト先のお店で教えてもらったという。
「飲食店検索サイトへの入力やホームページの立ち上げを手伝ったりしていくうちになんとなくWEBの知識がついていったんです。そこからECサイトの入力アルバイトならできるかもと思って、探し始めました。ECサイトの入力は時給ではなく1商品という単価でお金をもらえるところがあって、店のパソコンを借りて家で作業できるようになりました」
歩美さんは現在も母親との2人暮らしをしている。症状は落ち着いているとのことだが、何が不安定になる引き金になるのかがわからないので、環境は変えたくないそう。過敏性腸症候群は見た目でわかる病気ではなく、周囲からの理解を得にくいという。病気になったから終わりではなく、その後の人生は続いていく。歩美さんのように、母親という一番身近な存在が寄り添ってくれることがQOLを上げるためには必要だろう。
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。