夫は女性と駆け落ちしてしまった
母が亡くなってから5年間、1日の休みもなく夫婦で働いた。当時、20人の社員がおり、それぞれに家族がいる。今の顧客の関係維持、倉庫の建て替えや設備導入など、忙しさと危機感から血尿が出たという。
「経営者は決断の連続です。私は母の姿を見ていたので、経営とは何たるかがなんとなくわかっていた。従業員に対しても、居場所を用意し、飴と鞭を使い分ければいい。母はよく“人に何かやらせれば、お金になる”と言っていました。そういう初代の血を私も受け継いでいるんでしょうね」
初代と血族である美緒子さんにとって、会社は自分の一部だった。しかし、夫は外部の人間だ。「身を粉にして働け」と言っても無理がある。また、美緒子さんは「私が働かせてあげている」という古い価値観が染みついている。
「母が亡くなってから6年目、夫は“種馬の役目は終わった。俺は自由に生きたい”と、書き置きを残して、別の女性と駆け落ちしてしまったんです。その後、離婚届が送られてきたので、“これ幸い”と届を出しました。私はたった一人の血を分けた息子に、すべての財産を譲りたかった。外様の夫ともめるのが嫌だったんです」
その後、美緒子さんは息子を一人で育てる。といっても、会社経営が忙しいためにシッターさんに丸投げしていたという。
「家庭教師もつけていたのに、息子は甘ったれ。いじめられっ子気質があるのか、全然なっていない。日曜日は息子と遊ぶ日と決めていて、そのときにびしっと喝を入れてやったら、泣き出してしまう。そのくせ、人に施そうという気持ちが強く、自分より弱い立場の人に、家の金を与えていたんです」
息子は夫の考え方もあり、公立小学校に通学させた。小学校2年生の時に保護者会に行くと、母子家庭の母親から「息子さんから、いただいてしまって。お返しします」と3万円入りの封筒を渡された。その人は、明らかに疲れていて、ひと目で貧しいとわかったという。
「あのときは、恥ずかしさと“これはまずい”という気持ちで、感情が爆発。家に帰ると息子に“他人で、しかも働いていないやつに、金を渡すな!”って激怒。私、怒ると見境なくなってしまって、気が付けば家がめちゃくちゃになっていた。息子はガタガタ震えていて」
お金の価値がわからない8歳の息子にしてみれば、ただ助けたかっただけなのだろう。お金は人間関係の上下を作る。働いていないのにお金を渡すだけで、立場が上になってしまう。
幼い頃に、「お金さえ渡せば、感謝される。重んじられる」という味を知ってしまうと、それに依存してしまうことにつながるのではないか。
【息子は、コロナ禍に義援金としてキャバ嬢に10~20万円を渡していた……後編へと続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などに寄稿している。