無理矢理に決めた上京。就職を喜んでくれなかった両親を嫌い、疎遠状態に
新潟の生活は楽しく、あっという間の2年間だったと言います。そして、就職活動をする際に親に内緒で東京の職場を探し始め、都内にあるカメラマンスタジオに就職が決まったそうですが。
「どうしても東京行きを諦められなかったんです。就職活動は東京一本に絞って、お金もないので寮などの住まいがついているところを選んでいました。スタジオに就職が決まった時は本当に嬉しかったですね。
でも、そこからはさらに親との関係は悪化していきました。新潟にいた時は親というよりも、おばあちゃんに会いたくて年に2~3回は帰省していたんです。その時でさえ親との会話はほぼない状態だったのに、東京行きが決まった時に就職が決まったことを喜んでくれずにすごく怒られたので、思わず『話しかけるな!』と声を荒げてしまった記憶が残っています」
東京での生活は朝から晩まで働くような毎日の中、初めての彼氏ができたり、職場の友人に恵まれたりと、忙しかったものの充実していたと言います。祖母には会いたいが、親には会いたくない。そんな思いから実家に帰ることを敬遠し、2年ほどは疎遠状態が続いたそうです。
「同じ職場の中で、彼氏ができたんです。生まれて初めての彼氏だったので、のめり込んじゃいましたね。彼は他にも彼女がいるような人で全然いい人じゃなかったんですけど、大好きだったから。それに東京は、富山や新潟よりも目新しいものばかりで。ほぼ毎日仕事しかしていなかったんですが、仕事が終わってから寝るまでのわずかな時間でも友人と過ごしたり、彼と過ごしたり。親のこと、実家のことはまったく考えていませんでしたね」
東京での充実した生活。親のことを忘れてしまっていた中、彼からの一言、そして、叔父と祖母の死を経験したことで関係性に変化が見えてきます。【~その2~に続きます。】
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。