「娘の自殺の原因は、私だ」
当時、娘は私立中学校に進学しており、利代子さんが住んでいたマンションから徒歩で通学できた。
「反抗期だったし、私立だから靴下だブラウスだって指定があり、朝に“あれもない、これもない”と騒ぐから、本当に嫌だった。あとはお弁当。私は料理がしたくないのでレトルトカレーとご飯を持たせていたら、友達に笑われたと。そのときは、男女の差は埋まり、給料も上がって、仕事で認められていた。天狗になっていたんでしょうね。だからこそ、家事ができないと私を責める娘が許せなかった。ケンカになるたびに“オマエなんか、生まれてこなければよかった”とか“産んでやっただけありがたいと思え”と言い続けたんです」
娘は母親の無償の愛を求めていたのだろうか。高校、大学と進学し、成長するにつれて恋愛依存になっていく。容姿が整っていることもあり、恋人を切らしたことはなかったが、異常なほどの束縛で恋人のほうが逃げて行ったという。
「私の家で娘が痴話げんかをしたり、彼氏と交渉していることなんてしょっちゅう。私は興味がないので無視。一度、恋愛の相談をされたときに、“あんたは束縛しすぎ”と言いました。娘はムカッと来たみたいでしたけど。娘は大学卒業後、人気のIT企業に就職し、恋人と同棲すると家を出た。そこで、ホッとしました。ただ、その人との関係がうまくいかず、私の母や姉に“苦しい、辛い”と相談していたみたいです」
また、娘は会社に過剰に献身してしまうところもあったという。恋人と別れると早朝出勤し、客先を1日に5~6件周り、深夜まで仕事をすることもあったという。会社にいる時間が長くなり、自然な流れで上司と不倫関係になる。夫の浮気に気付いた妻は、弁護士を立てて娘に慰謝料160万円を請求。そして、別れを迫られる。
「別れた後、娘は異動になり、上司からも無視されるようになった。仕事も干されて自信を無くしていたときに、人間ドックの乳がん検査で再検査になった。ただの経過観察なのに、娘は胸を切り取られて、女でなくなるという可能性に怯えた。そして、不眠とうつが重なり限界状態になっていたみたいなんです。慰謝料の160万円も、消費者金融から借りており、家賃も滞納して督促状が来ていた。娘は心の隙間を埋めるように若手俳優にハマって、推し活とやらにお金を使っていたみたい。お金に困っているなら私に言えばいいのに、頼れなかったんでしょうね。いつも私は娘のことを突っぱねていたから。娘が自死を選ぼうとした原因は、私なんですよ」
ほかにも、さまざまな要因が重なって、娘は自死を選ぶ。そして一命をとりとめ、車いす生活を余儀なくされる。それを介護するのは母・利代子さんだ。
「子供って、どこかで手間がかかるようにできている。私は育児を両親と姉に丸投げし、その報いを受けているのよ。ただ、仕事を離れて娘と一緒にいると、我が子だからかわいいの。なんでちっちゃい頃に面倒を見なかったのかって後悔したし、やっぱりかわいくて、かわいそうで涙が出ることもある。娘にごめんね、って泣くと娘は“私がかわいそうな子みたいじゃない。見下さないでよ”って怒るんです。これから私はいつまで生きるかわかりませんが、娘と向き合っていこうと思う。それは辛いことも多いかもしれないけれど。なんか今やっと母になったような気がします」
利代子さんに限らず、病気や障害、引きこもりなどにより「親が子の介護をする」という事例は、今後増えるのではないかと予想している。その背景には、非寛容かつ、希望が見えにくい、今の社会があるのではないだろうか。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。