取材・文/沢木文

親は「普通に育てたつもりなのに」と考えていても、子どもは「親のせいで不幸になった」ととらえる親子が増えている。本連載では、ロストジェネレーション世代(1970~80年代前半生まれ)のロスジェネの子どもがいる親、もしくは当事者に話を伺い、 “8050問題” へつながる家族の貧困と親子問題の根幹を探っていく。

* * *

物価高による、所得の実質的な目減りが生活に影を落としている。インフレも起こっているのに、手取りの給料はなかなか上がらない。国税庁は2023年9月に「民間給与実態調査」を発表。2022年の日本の平均年収は約458万円で、前年比2.7%増と話題になった。このときに、ふと1997年の統計を見たところ、約467万円と、現在よりも9万円も高かった。

この背景には、非正規雇用者の増加や女性の雇用の拡大などもあり、一概に「平均給与が下がった」という単純な話ではないだろう。しかし、日本人全体の暮らし向きは、下降線をたどっているのではないだろうか。そう考えていた頃に、日本で最も地価が高いエリアとされる銀座に庶民向けスーパーマーケットの開店ニュースが入って来た。

「銀座に100円ショップやドラッグストア、スーパーができるというのも時代ですね」と言うのは、美佐子さん(61歳)だ。彼女は都心のオフィス街で、夫と2人で飲食店を営んでいる。メインの客層は、近くの会社に勤めるサラリーマンたちだという。

「ウチのお客さんはビジネスパーソンというより、サラリーマン。女性はほぼいません。うちの一帯は近くの公的機関やシステム会社、建設関連会社で働く人なんですけど、ランチを値上げしたとたんに、客足が落ちました。コロナ前は夜も開けていたんですが、今は予約制にしています」

最盛期には月に200万円以上の売り上げがあったが、今はその1/4もない。

「なんの特徴もない定食屋さんですからね。無難に商売を続ければいいと100年1日のように商売を続けてきましたが、もう限界です。赤字続きなんですよ」

超人的な祖父母が立ち上げた店と、美佐子さんが継ぐようになった経緯は、戦後日本の歴史と重なる部分が多かった。

【これまでの詳細な経緯はこちら

商売人の家で育った子に会社員は無理なのか?

これまでに、庶民文化や飲食店を再発見するようなブームは時折起こっていた。立ち飲みブーム、大衆酒場ブーム、ホルモン焼きブームなどなど。汚い店をフィーチャーするテレビ番組から、一風変わった店に行列ができることもあった。今はSNSの普及で、特盛ブーム、街中華ブーム、昭和レトロブームなどが起こっている。その全てに美佐子さんの店は乗れなかった。

「報道を見ていると、そういう店はどこか突き抜けている。祖父を見ていても思いますが、どんなに批判されても、自分がいいと思った道を進むという気概がないと、勝てないんですよ。もともと魚屋だった祖父がご飯を炊いて売るようになったころ、“日本人は家で米を炊くものだろう”と組合や町会の人に非難されたそうです。当時は米穀通帳があり、米の配給制度そのものは無くなったものの、食管制度上の規定では、米屋から米を購入するときには米穀通帳が必要だったんです」

おそらく、美佐子さんの祖父が白飯を売っていたのは、1969(昭和44)年以降の、自主流通米制度が発足する前後だろうと推測する。米穀が物価統制令の除外項目になっている時代だが、当時は法律の広がり方は現在よりも遅い。祖父は非難を退けて、命がけで白飯を売っていたのかもしれない。

「祖父は金もうけのためなら親も売るようなところがありました。戦争がそうさせたのかも知れませんけれどね。祖父は東京大空襲で両親と3人のきょうだい全員を亡くしているんです」

美佐子さんの店に行くと、バブル期に建て替えたという白いタイルの建築は味気なく、油じみたテーブル、ところどころ破けた合皮のイスも油じみている。とんかつを頼めばドリップも多く、水っぽいキャベツの千切に、劣化したドレッシングがかかっており、飾りのプチトマトも半分に切られていた。

かつて祖父がどんな人に対しても大盛にしていたご飯は、女性客というだけで、料金はそのまま半分程度に減らされており、みそ汁の具はかつては廃棄したであろうキャベツの芯だった。卓上調味料も手入れがされておらず、ホコリをかぶっている。これでは客足も遠のくだろう。店を開けておくだけでも赤字になるというのも、納得してしまった。

「夫がコロナになってしまい、今はその後遺症に苦しめられています。そんなとき、不動産会社に勤務していた息子(30歳)が、“俺が店を継ぎたい”と言ってきたんです。私は全力で止めましたが、“商売人の息子は、サラリーマンなど、土台無理。俺は一国一城の主になりたいんだ”って、後継ぎ活動を進めているんです」

今、商売を手じまいすれば、祖父が残した1000万円で店の改装に使った借金を支払える。美佐子さん夫妻の老後は、積み立てていた生命保険と、マンション投資(家賃8万円×2室)、美佐子さんのアルバイト代で捻出する予定だった。

「そこに、まさか息子が継ぐと言ってくるとは。今、息子が交際している女性がプライベートで害獣駆除をしており、クマや鹿、イノシシなどの肉を出したいと言っているんです」

【「飲み屋街ではないので、絶対に儲からないのに!」次のページに続きます】

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