日本は「超高齢社会」に突入し、様々な問題が生じ始めています。高齢者専門の精神科医、和田秀樹さん(63歳)がそうした問題の解決の糸口にもなると注目するのが、世界最高齢プログラマーの「マーチャン」こと若宮正子さん(88歳)です。共著『和田秀樹、世界のマーチャンに会いに行く』(https://www.shogakukan.co.jp/books/09389140)を緊急上梓した二人に、人生100年時代の「幸せな高齢者の生き方」について語り合ってもらいました。

「これからは高齢者向けの製品やサービスに力を入れ、超高齢社会の模索をすべき」(精神科医・和田秀樹さん)

精神科医・和田秀樹さん
わだ・ひでき 昭和35年生まれ。東京大学医学部卒業。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わっている。著書に『80歳の壁』『シン・老人力』『60歳からはやりたい放題 [実践編]』など。

「デジタル機器のお陰で世界が広がり、人生の楽しみが増え続けています」(世界最高齢プログラマー・若宮正子さん)

世界最高齢プログラマー・若宮正子さん
わかみや・まさこ 昭和10年生まれ。81歳でアプリを開発した世界最高齢プログラマー。シニア向け情報共有サイト「メロウ倶楽部」副会長。著書に『88歳、しあわせデジタル生活』『老いてこそデジタルを。』など。

高齢者は「優良な消費者」

和田秀樹(以下、和田) 世界は今後、ますますAI(人工知能)の時代になっていきますが、同時に高齢者の活力が問われる時代になると思います。

若宮正子(以下、若宮) 以前、北欧の国デンマークを訪問したことがあるのですが、日本同様、高齢化率が高い国です。

和田 日本の高齢化率(65歳以上の人口の割合)は30%近くで、世界で1、2を争う超高齢社会に突入しています。デンマークもまた高齢化率が20%と高いですよね。

若宮 デンマークはいち早く高齢化に備えた国ですが、加えて、早くに公共分野のデジタル化を進めた「デジタル先進国」でもあります。税金の負担率は高いですが、幸福度は世界で2番目。実はこの国はお年寄りに優しい社会で、例えばスマホのスワイプってあるでしょ?

和田 画面上を指で滑らす操作のことですね。

若宮 実は手指が乾燥した高齢者には、スワイプが難しい。それでデンマークは、スワイプを用いるアプリを国として禁じたんです。

和田 高齢者にもやさしい使い勝手を要求したわけですね。

精神科医の和田秀樹さんと、世界最高齢プログラマーの「マーチャン」こと若宮正子さんが緊急出版。超高齢社会の「幸せな生き方」や高齢者の「デジタル活用術」について論議を重ねている。
和田秀樹、世界のマーチャンに会いに行く
著/若宮正子 著/和田秀樹 
小学館 1320円(税込)

若宮 それと、補聴器などの研究も進んでいます。私も補聴器を使っているのでわかりますが、この分野はまだまだ使い勝手が悪い。高齢者向けの製品やサービスの開発は、全般的に日本も立ち後れていますが、デンマークは、国を挙げて開発に力を入れているんです。利用する高齢者の側も国や企業にせっせと要望を出しています。

和田 日本も見倣うべきです。

若宮 これから世界中に高齢者が増えていくわけでしょう? 高齢社会に役立つものを開発すれば、よその国の人にも役立つし、商売としても大繁盛するはずです。高齢者向けのビジネスでお年寄りを幸福にし、国家を豊かにする。デンマークの政治や経済はそういう考え方なんです。

国から「デジタル推進委員アンバサダー」に任命された若宮さん(左から2番目、写真は任命式)。「誰ひとり取り残されない、人に優しいデジタル社会にできれば」と語った。

和田 若宮さんがデンマークの事例を紹介したように、ビジネスで利益を得たいなら、これからは「高齢者向け」の製品やサービスに力を入れるべきです。日本の人口の30%近くは、高齢者。しかも個人金融資産2000兆円の約7割を60歳以上が保有しているとのデータもある。日本は超高齢社会の新しいあり方を模索しなければならないのに、政治も経済もほとんどそこに目を向けていない。

若宮 そうなんです。高齢者はあらゆることに消極的と短絡的に考えているフシがあります。いま、「メロウ倶楽部」という高齢者向けのインターネット交流サービスの運営に関わっているのですが、みなさん本当に好奇心旺盛です。

和田 私も高齢者を相手に仕事をしていますので、昔に比べて、いまの高齢者は元気だという実感があります。高齢者は「優良な消費者」なのに、世間がそれをまるで理解していない。

若宮 それどころか、医療費や介護費を食い潰すだけのお荷物と思っているのかもしれません。

和田 福祉を受ける対象だと思っているのでしょうが、それは違います。要介護もしくは要支援になっている高齢者は、全体のわずか18%です。つまり、82%の高齢者は自立した高齢者なんですね。

若宮 私の周囲も活発な人が多い。

和田 ということは、高齢者の8割は、若者と同様の「行動的で優良な消費者」だということ。これからの時代は、高齢者にもっと楽しんでもらおうとか、もっと楽をさせてあげようとか、そういうことを考える企業が勝ち残っていくと思いますね。たとえば、テレビ局も、もっと高齢者向けの番組を増やしたほうがいい。

高齢者こそ恩恵を受ける

若宮 テレビ番組だけでなく、商品もそうです。少しずつ改善されてきましたけど、やっぱりコンビニとかスーパーではなかなか高齢者の欲しいものが手に入らない。

和田 高齢者向けにどんなことができるか、どんな商品が受けるか、と企業が知恵を絞っていない。これは日本社会の病ですね。

若宮 私は焼き芋が好きで、中でも大好物は「紅あずま」という品種なんです。だけど近くのスーパーにはなかなか置いてない。ところが、ネット通販サイトのアマゾンにはあるんですよね(笑)。

和田 すでに焼き芋もアマゾンで調達する時代になったというわけですね。

若宮 他にも、うちは畳の部屋で座布団を使っているんですけど、そのうち座布団カバーが擦り切れてきます。ところが、座布団カバーを買おうと思っても、近所のお店にはほとんど売ってない。これもアマゾンで「座布団カバー」で検索すると、いろんなデザインのものがたくさん出てくる。何でも簡単に探せ、買えるのがネット通販のいいところです。

和田 しかも重いものでも自宅まで運んできてくれますしね。

若宮 あれは本当に高齢者にとって助かります。両手に重い荷物をぶら下げたまま転ぶと本当に危ないですから。

和田 インターネットやデジタル機器は若者向けの“道具”と思われがちですが、実は高齢者こそ恩恵を受けやすい。

若宮 ですから、まだスマホやパソコンをそれほど活用していない高齢者の方もぜひ使ってほしい。実はやってみたら意外と簡単に使えて、いろいろと日々の暮らしが変わると思います。私はデジタル機器のお陰で、世界が大きく広がり、人生の楽しみがいまもどんどん増え続けています。

※この記事は『サライ』本誌2023年11月号より転載しました。取材・文/角山祥道 撮影/黒石あみ

6000人以上もの高齢者と向き合ってきた和田さんの著書『シン・老人力』(小学館刊、1430円)。いつまでも高齢者が若々しく、自分らしく暮らすための具体的な方法を提案する話題の一冊。高齢者の活動が、日本経済も社会も元気にすると大胆に提言する。

 

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