日本は「超高齢社会」に突入し、様々な問題が生じ始めています。高齢者専門の精神科医、和田秀樹さん(63歳)がそうした問題の解決の糸口にもなると注目するのが、世界最高齢プログラマーの「マーチャン」こと若宮正子さん(88歳)です。共著『和田秀樹、世界のマーチャンに会いに行く』(https://www.shogakukan.co.jp/books/09389140)を緊急上梓した二人に、人生100年時代の「幸せな高齢者の生き方」について語り合ってもらいました。
「高齢者ほどデジタル技術の恩恵を受ける。どう利用したら楽しいかを考えるべき」(精神科医・和田秀樹さん)
「技術が人々の生活を便利にしてきた。活用すれば高齢者も活動的になれる」(世界最高齢プログラマー・若宮正子さん)
台湾のIT担当大臣が称賛
和田 若宮さんはいつも素敵なお召し物を着ていらっしゃいますね。
若宮 ありがとうございます。このシャツは「エクセルアート」といって、私がデザインした柄を布にプリントして、仕立てたものなんです。
和田 「エクセル」って、あの表計算ソフトの?
若宮 ええ、そうです。普通は仕事のデータをまとめたりするのに使いますよね。でも、私は真面目じゃないので、教科書通りの使い方をしたくない(笑)。エクセルは縦横に線が引かれ、格子状の表になっています。それを眺めていたら、白い四角い箱が並んでいるように見えてきた。それで、箱の中に数字や文字以外のものを入れたら面白いんじゃないかと、試しに色を入れてみたんです。
和田 大胆な発想ですね。始めたのは、おいくつの時ですか?
若宮 70歳を過ぎてからですね。「重ね菱」など日本古来の伝統的な文様もできるので、すっかり面白くなって、作品を発表していたんですけど、当初は、「あの人はエクセルが使えないから、あんな遊びみたいなことをしている」とバカにされたものです。
和田 新しいものに対して、否定から入りがちな日本人の悪い癖ですね。学校でも会社でも教科書通りにやろうとするし、やらせようとする。自由にやってみるという発想が乏しいんですね。マニュアルに従っているだけでは、新しいものは生まれません。
若宮 「エクセルアート」のことは、日本人はなかなか認めてくれなかったんですけど、最初にオードリー・タンという世界的なプログラマーが高く評価してくださった。
和田 若くして台湾のIT担当大臣になった、あのオードリー・タンがですか。デジタル技術を駆使した台湾の新型コロナウイルス対策の指揮を執り、その点でも世界的に注目を集めた人物ですよね。
若宮 そうです。オードリーさんと一昨年、対談を行なったんですが、「エクセルアートの創始者」ということを高く評価してくれました。創作性だけでなく、「オープンソース化(無償での一般提供)もしている。あなたは新しい分野を開拓しましたね」と。
和田 物事のやり方を考え出したり、探したり、工夫したり、ということを、日本人はもっと評価すべきですよね。学校でも会社でも、いまだに我慢して頑張る人を評価する傾向があって、「楽」をするための効率的な方法を生み出す人は評価されない。
若宮 むしろ、日本ではずる賢いなんて否定されますよね。
使い方より楽しみ方を伝える
和田 AI(人工知能)やデジタル技術に対する姿勢も同じような印象です。高齢者にAIやデジタルは関係ないのではなく、私はむしろ高齢者ほど、AIやデジタルの恩恵を受けると考えています。だって自分の代わりに、いろいろやってくれるんだから。
若宮 その通りです。過去を振り返っても、長い間、技術が人々の生活を便利で豊かにしてきたのは間違いありません。歩行がままならなくても、自動車があれば出かけられる。階段の上り下りが難しくても、エスカレーターやエレベーターがあれば平気になる。AIやデジタルも同じだと思うんです。これらを活用すれば、私のような高齢者でも行動的になれます。
和田 AIやデジタルを恐れるのではなく、どう利用したら楽しいかということを考えるべきですね。
若宮 日本のメディアは「AIが仕事を奪う」とか、マイナス面を強調しすぎです。
和田 運転免許証の件もそうですね。高齢者が事故を起こすと、「免許を返納しろ」という話になる。そんなことより、自動運転の技術開発を推し進めて、安全安心に誰もが自動車に乗れる技術をいち早く開発しようという話にはなかなかならない。
若宮 日本社会の特性かもしれませんが、「楽しさ」を伝えるのが下手なんです。行政主催のパソコンやIT教室をのぞいてみると、教えているのはパソコンやスマートフォンの機器の使い方。マニュアルや手順を覚えさせようとしている。でも、これではその後も「使ってみよう」という気にはなりません。使い方ではなく、もっと楽しみ方を伝えないと。
「まずはネットで人と繫がってみましょう。スマホが楽しく使えるようになる」(若宮)
和田 若宮さんは年に100本ほど行なう講演ではどんな話を?
若宮 まずはネットで人と繋がってみよう、と勧めています。「スマホで写真をきれいに撮るコツ」みたいな講座はたくさんありますが、撮るだけではすぐに飽きて長続きしない。でも、家族や友人に写真を送れたら、張り合いが出て楽しくなります。美味しい食べ物や旅先の風景、孫のかわいい写真など……。初心者はまず、家族や親しい友人とLINEグループを作って、そこで写真を送り合ったり、日常を報告し合ったりすることから始めると、スマホが楽しく使えるようになります。
和田 相手を限定して使えば、失敗時のリスクも少ないですしね。
若宮 高齢者の孤独の問題がよく取り上げられますけど、私も長い間ひとり暮らしです。でも、ネットやSNSでいろんな人たちと繋がって、会話しているので全然寂しくありません。
「自由で自立した生活を送るためには、ITもデジタルもどんどん使うべき」(和田)
和田 ネットは独居老人にとっても強い味方になります。
若宮 高齢者にとって、実は買い物もネットのほうが便利です。私たち高齢者が欲しいものは、近所のスーパーやコンビニには意外と置いてないんです。たいてい若者向け、家族向けの品揃えなんですね。田舎にいくと本当に何も手に入らない。でもネットを使えば何でも手に入ります。
和田 日本はすでに「IT後進国」になってしまいました。
若宮 4年ほど前のことなんですが、世界でいち早く電子政府を実現したエストニアを訪ねました。デジタル化された社会を高齢者がどのように受け止めているか聞いてみたかったんです。
和田 どんな反応でしたか?
若宮 エストニアの高齢者の93%の人が「電子政府が生活をより豊かにした」と答えたんです。デジタルに縁遠かった高齢者も、意を決して使ってみれば実に満足度が高いという結果でした。
和田 当然ですよね。生活を豊かにするために技術はあるんですから。むしろ、高齢者が自由で自立した生活を送るためには、ITもデジタルもどんどん使うべきだと私も実感しています。
若宮 尻込みしていては、もったいないと思います。
※この記事は『サライ』本誌2023年10月号より転載しました。取材・文/角山祥道 撮影/黒石あみ