日本は「超高齢社会」に突入し、様々な問題が生じ始めています。高齢者専門の精神科医、和田秀樹さん(63歳)がそうした問題の解決の糸口にもなると注目するのが、世界最高齢プログラマーの「マーチャン」こと若宮正子さん(88歳)です。共著『和田秀樹、世界のマーチャンに会いに行く』(https://www.shogakukan.co.jp/books/09389140)を緊急上梓した二人に、人生100年時代の「幸せな高齢者の生き方」について語り合ってもらいました。
「高齢者が遠慮して暮らす必要はない。好き勝手にやりたいことをやっていい」(精神科医・和田秀樹さん)
「大事なのは“何ができるか”じゃなく、自分が“何をやりたいか”でしょう」(世界最高齢プログラマー・若宮正子さん)
喜びや感動が脳を活性化する
和田秀樹(以下、和田) 日本の人口の29%超が、65歳以上の高齢者という時代になりました。本来、社会的な役割を全うしてきた高齢者は、堂々と残りの人生を謳歌すべきなんですが、まだまだ日々を好きに楽しんでいる人が少ないように思います。若宮さんはいきいきと人生を楽しんでいるだけでなく、社会に役立つサービスまで開発なさいました。81歳の時、世界最高齢でiPhoneのアプリを開発し、世界中の注目を集めましたが、もともとパソコンなどに親しまれていたのですか?
若宮正子(以下、若宮) パソコンを購入したのは、銀行を定年退職する前、58歳の時ですから、平成5年頃です。衝動買いでした(笑)。当時はまだマイクロソフトのウィンドウズ95が発売される前で、使い勝手も悪かった。
和田 それは早いですね。機械に抵抗はなかったんですか?
若宮 銀行員時代のことから話していいかしら? 私が勤めていた頃は、何もかも手作業で、お札も手で数えました。私はあれが苦手なんです(苦笑)。そのうち、お札を数える機械も、ATMも導入されていきました。人間がやっていたことが、徐々に機械に置き換わっていったんです。
和田 当時も、今のように機械化に抵抗する人はいましたよね。
若宮 私にとって機械化は“福音”でした。速く終わるぶん、別のことに時間が割けますから。パソコンを触った時も“これで世界が広がる”とわくわくしました。知りたい気持ち、学びたい気持ちがたくさんあったんです。
和田 それは素晴らしいですね。人間には、進歩したいという欲求があります。私は高齢者を専門に診ていますが、パソコンやスマホをはじめ、新しいモノやサービスへの好奇心が強い人が本当に多い。高齢者だから新しいものに弱い、というのは大きな勘違いです。
若宮 その通りです。最新のパソコンやスマホは使いやすいですから、興味さえあれば何を始めるにも年齢は関係ありません。
和田 とはいえ、81歳でアプリの開発は驚きです。
若宮 当時は年寄りが気軽に楽しめるアプリがなかった。最初は誰かに作ってもらおうと思ったんですけど、若いプログラマーの方に“ご自身で作ってみては?”と言われ、トライすることになって……。いざ完成したら、世界中から注目されて、びっくりしました。
和田 それでアップルのティム・クックCEOにもお会いになったんですね。若宮さんの活躍を見て、改めて何かを始めるのに年齢は関係ないと確信しました。
若宮 そう思います。私は自分の年齢を気にしたことはありません。
和田 先日上梓した『シン・老人力』でも主張したのですが、人生100年時代といいながら、日本は高齢者を“社会の負担”だと考えています。でも全然そうじゃない。高齢者が負い目を感じ、遠慮して暮らす必要などありません。
もっと好き勝手に、やりたいことをやってほしいと思います。
若宮 そう言っていただけると心強いですね。好き勝手にやりたいことをやってきたのが、私の88年の人生ですから(笑)。
和田 好きなことを好きなようにやる。この効果は、脳科学的にも明らかなんです。脳を老化させないためには、前頭葉を強く刺激する喜びや感動が欠かせないのですが、“やりたい”や“欲しい”という欲求にブレーキをかければ、好奇心にもブレーキがかかってしまう。前頭葉は刺激されることもなく、欲求不満だけが残る。我慢することは、老化へのアクセルを踏んでいるともいえます。
高齢者も欲求に忠実であれ
若宮 今、「メロウ倶楽部」というシニア世代向けの情報共有サイトの運営に関わっていますが、そこに集う70代~80代の方々も皆、元気です。和田先生がおっしゃる通り、皆さん“やりたい”や“欲しい”を躊躇していません.。
和田 昭和の時代を過ごしてきた方の中には、無意識のうちに高齢者は“かくあるべし”という価値観に縛られている人が多い。だから無意識に、行動にブレーキをかけてしまう。新しいことを目の前にしても“自分にはできない”と躊躇してしまうんです。
若宮 もったいないですね。何歳になっても人は学べます。今はデジタル機器が発達していますから、少し学んだだけで、想像以上のことができます。デジタル機器の日進月歩は、私たち高齢者を助けてくれるためなんじゃないかしら。
和田 その通りです。AI(人工知能)の発達で、例えば通訳や翻訳も瞬時にできてしまう。語学ができなくても、外国の方と交流できる時代になった。
若宮 プログラミングだって、AIが勝手にやってくれます。だとすると、大事なのは“何ができるか”じゃなくて、“何をやりたいか”でしょう。
和田 もっと言うと“何が欲しいか”ですよね? 高齢者も、もっと自分の欲求を前面に出していい。
若宮 高齢者が声にすれば、超高齢社会の問題もどんどん解決していくと思います。
若宮正子さんの歩み
●10代、大手銀行に就職
●30代、「型破り」に活動
●50代、パソコンを購入
●60代、パソコン教室を開催
※この記事は『サライ』本誌2023年9月号より転載しました。取材・文/角山祥道 撮影/黒石あみ