文/鈴木拓也
国際機関の調査にもとづき、毎年発表される「世界幸福度ランキング」。
北欧諸国の順位の高さとともに話題となるのは、日本の順位の低さだ。2023年度の調査結果を見ると日本は47位で、先進国の中では最下位。理由として、個人の選択肢の自由のなさや社会の寛容性の低さがしばしば指摘されている。
日本人を不幸にする同調圧力
問題の根っこにあるのが、「同調圧力」だと言うのは、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實さんだ。鎌田さんは先日出した著書『ちょうどいいわがまま』(かんき出版)の冒頭で、次のように記している。
「空気を読む」「我慢は美徳」「出る杭は打たれる」など、日本語は「同調」を求める言葉に事欠きません。日本は「個人の自由」よりも「集団の和」を尊重し、波風立てずに周りに合わせる人を評価する文化で、周囲に合わせられない人は「はみ出し者」のレッテルを貼られてしまう。(本書5pより)
たしかにこういう国民性であれば、幸福度も低迷するのはうなずける。では、どうすれば打開できるのか。
その処方箋として、鎌田さんが本書の中で提案するのが「わがまま」のすすめだ。
したくないことははっきりと断る
「わがまま」と言っても、周囲の迷惑も顧みず、自分のしたい放題にやる……というニュアンスではない。
鎌田さんは、あくまでも「適度にわがままになろう」というスタンスで、そのコツがさまざまな視点から披露されている。
一例を挙げると、「したくないことははっきりと断る」。気の進まない依頼事を、ついつい引き受けて、結局後悔してしまう経験は誰にでもあるはず。ここは適度なわがままを発動し、はっきりと断るよう鎌田さんはアドバイスする。
とは言うものの、相手に「NO」と表明することほど難しいものはそうない。鎌田さんも、講演や執筆の依頼に対し、内心では断った方がいいと思っても、つい「YES」と答えてしまうことが幾度もあったという。
それでも、意を決して「NO」と言ったことで、最終的には好結果に結び付くこともある。鎌田さんが、出版社の編集者相手に体験した、一つのエピソードがある。
以前、最後の最後で、進行中の企画をひっくり返したことがありました。相手の熱意に引きずられてずるずると進めてきたものの、どこかすっきりしない気持ちが残って、「やはり、このままではやりたくない」という意識がどんどん強くなってきました。
迷いに迷いましたが、担当者に「すみません!」と頭を下げました。相手は「腰を抜かす」という表現通りの驚きようでした。内心は「ここまでやってきたのに」と、怒り心頭だったでしょう。でも彼は、「わかりました」と静かに言ってくれました。(本書47pより)
このとき鎌田さんは、相手に「借り」を作ったと感じた。そして、いつか別の形で借りを返すという気持ちを、持ち続けたそうだ。その気持ちは相手に伝わるもので、担当編集者は、なぜ「NO」と言われたのかを考え、新しい企画を提案してきた。この企画には、鎌田さんは乗り気となり、借りを返すためにも尽力した。おかげでその書籍は、大ヒットになったという。
がんばらない生き方のすすめ
鎌田さんが、適度なわがままの中でも「極致」としているのが、「がんばらない生き方」。
これは鎌田さんの古くからのモットーであり、以前『がんばらない』(集英社)という著書を出したくらいだ。今これが共感を呼ぶのは、「社会がストレスフルな方向に向かっていることと大きな関係がある」と見ている。それは、失われた30年を経てもなお根強い競争主義的な価値観へのアンチテーゼでもある。
しかし、「がんばらない」ことは、逃避を必ずしも意味しない。鎌田さんは、次のように解説する。
がんばりすぎない生き方とは、「苦しいことを前に力を抜く」ことです。人間ががんばるのは、「成功して財産や地位、名誉を得たい」という欲望があるからでしょう。でも欲望には際限がありません。成功したとしても、さらに大きな成功を追い求めたがる。そしてまた苦しむ。(本書64pより)
長い人生、ときにはがんばりたいこともあれば、がんばらざるを得ないこともある。それが、心の成長につながることも少なくない。ただ、それだけで一生を駆け抜けるのではなく、「やらないときはやらない」という切り分けが大切と説く。
年長者こそわがままに生きよ
1987年から2004年に生まれた世代を「さとり世代」と呼ぶことがある。物欲や出世欲が少なく、さとりを開いているように見えることから、こう名付けられている。
鎌田さんは、この世代を「おもしろい」と考えている。ちょうどいいわがままな生き方ができれば、傑出した人が出てくるのではないかと期待しているという。
対して、「わがまま言うんじゃありません」と親に教育されて育った年長者世代も、別の意味でわがままになることをすすめる。それは、人生の残り時間を意識せざるを得ない世代だからだ。鎌田さんも、自身の気づきとして次のように書いている。
限られた時間を燃焼させるには、余計なことに関わっている暇はありません。長い人生経験を生かして、無用な摩擦を避けながら、わがままにいきるのがいいと気がついたのです。(本書106pより)
もちろん、傍若無人で自分本位なものであってはならない。他者のわがままも尊重し、「ちょうどいい」の範囲を推し量りながら、少しずつ広げることが肝心。それは、きっと人生をより豊かなものとしてくれる。ほんの少しの勇気を出して、今日から「ちょうどいいわがまま」な人生をスタートするのも悪くはない。
【今日の心の健康に良い1冊】
『ちょうどいいわがまま』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。