文/印南敦史

加齢とともに、少し前までは「遠い先のこと」だった「死」のリアリティは高まってくるものだ。だから、たとえば坂本龍一さんが71歳の若さで世を去ったなどと聞くと、つい自分の年齢と比較して“残された年”について考えてしまったりするのではないだろうか。

もちろんそれは、当然の話でもあるのだろう。むしろ問題は、自分でも気づかないうちにネガティブ思考になってしまいがちなことだ。

だからこそ、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(和田秀樹 著、SBクリエイティブ)の著者はこう主張するのである。

ある程度の年齢になると生活や生き方が内向きになりがちですが、ここで魔法の言葉を口にしてください。「どうせ死ぬんだから」(本書「はじめに」より)

いうまでもなく、「どうせ死ぬんだから、すべてを諦めよう」という否定的な意味ではない。そうではなく、「どうせ死ぬんだから、それまでの間にやりたいことをやってやろう」という前向きな発想だ。

長らく高齢者医療の最前線で人の死に接し、自身もがんを患って2年後の死を覚悟した経験を持つ著者自身も、「やりたいことをやらなきゃ損だ」と考え、やりたいことをやってきたのだという。

つまり本書の根底にあるのは、「歳をとって残り少ない人生になったのだから、“好きなことをなるべく我慢しない人生”を楽しもう」というメッセージなのである。

なお“人生100年時代”といわれるなか、「老い」を2つの時期に分けて考えることが重要だと著者は考えているそうだ。

ざっくり言えば、70代は「老いと闘う時期」、そして、80代以降の「老いを受け入れる時期」です。(本書85ページより)

「老いを受け入れる」とは、必要以上に悲観的にならずに衰えを素直に認め、それぞれに対応しながら上手に賢く生きようということ。

たとえば耳が遠くなったのなら素直に補聴器を受け入れれば、より長く人との会話を楽しむことができるだろう。逆に補聴器を拒否して会話から遠ざかってしまうと、あっという間にボケてしまうかもしれない。

杖やシルバーカーにしても同じだ。拒否して転倒骨折ということになれば、寝たきりに直結する可能性が高くなる。ましてや歩くのが面倒になって外出が減れば、歩行困難になるだけでなく、脳の機能低下にもつながる。

ちなみに高齢者がもっとも嫌がるもののひとつにオムツがあるが、日本製は吸収力に優れているため使い勝手がいいようだ。つまりは柔軟に使用すれば、結果的には活動の幅が広がるということである。かくいう著者も、愛用者のひとりなのだという。

数年前に心不全と診断されて利尿剤を飲む羽目になり、トイレが近くなって困っていたのだそうだ。そこで思い切って長距離ドライブのときには、尿漏れパッドつきのパンツを使うようになったところ、それが解決策となったらしい。

運転中や出張先などでトイレを探し回らなくて済むようになり、安心してドライブできるようになったわけだ。

素直に「文明の利器」を受け入れられるかどうかで、高齢者のQOL(生活の質)は大きく変わると思います。(本書86ページより)

これは非常に重要な指摘ではないだろうか。たしかにそのとおりで、私たちは常々、「気恥ずかしい」「格好悪い」といった思いに支配されてしまいがちだ。だが現実的にはそれが思考や行動を狭めるわけで、しかも年齢を重ねれば重ねるほど、その傾向は強くなっていくだろう。

しかし、どれだけ抗おうとも、老いを受け入れざるを得ない時期は必ずやってくる。それは80代以降のことかもしれないし、場合によっては60代で大きな変化と直面することになるかもしれない。個人差はあるだろうが、遅かれ早かれそのタイミングは必ず訪れるのだ。

だとすれば必要なのは、そのときに自分の老いを柔軟に認めることだ。それができなければ、その後の10〜20年を生きていくこと自体がつらいものになってしまうに違いない。

100歳近くになると、寝たきりで老衰死するケースが一般的になります。だれもが高い確率で、穏やかな自然死を迎えることができるのです。(本書87ページより)

そんな現実があるからこそ、さまざまな終末と向き合ってきた著者はこのように主張するのだ。

80代以降は、老いていく自然の成り行きを味わいながら、事故や大病で命を落とすこともなく、天寿をまっとうしつつあるからこそ、この老いを生きているのだ、と考えてもいいのではないでしょうか。(本書87ページより)

誰にとっても死は恐ろしいものである。が、必ず老いて、必ず死んでいくからこそ、そうした現実を受け入れ、残された時間を“よりよく生きる”ことが大切なのだろう。

『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』
和田秀樹 著
SBクリエイティブ

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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