自分の家族を持つことが夢だった
聞けば聞くほど、信子さんの夫の言動、息子たちの無関心っぷりはひどい。夫の話の中でも驚いたのは、夫が40代のころ性産業の店に行き、性感染症に罹患するも気付かず、信子さんにうつしたことだろう。
離婚をしない理由を聞くと、「どの夫婦もそんなものだ」と言う。友達も職場も人間関係はこの地方で完結しており、「○○家のお嫁さん」「○○のお母さん」というように、自己実現よりも家族を優先して40年の歳月を過ごしてきた。
だから、今、そこから自由になっても、どう生きて行けばいいのかわからなくなってしまうだろう。
「家族のために生きるのが当たり前であり、後悔はないの。息子2人も生まれて、自分の家族を持つ夢も実現したしね。だから離婚して、逃げ帰って来た純子に、“この本を読め”とか“離婚して自立をしろ”と言われても、迷惑なだけ」
純子さんが信子さんにすすめた本のタイトルを聞くと、『82年生まれ、キム・ジヨン』だった。フェミニズムを扱い、現代の女性の生きづらさを描いている。本国・韓国では130万部を超えるベストセラーになり、日本でも13万部を売り上げた。2016年に発表後、16か国で翻訳されている。
「きっと、私が韓流ドラマが好きだから、紹介してくれたんでしょう。でも、会うたびに“読んだ?”と聞かれるのがうっとうしくて。私、生まれてこの方、本を読んだことがないのよ。ページを開くと眠くなっちゃうの。それを伝えると、純子は“じゃあ、私が話してあげる”と説明を始める」
似たような境遇を過ごしてきた、おしゃべり友達の涼子さんや由美さんはどうなのだろうか。
「それが純子に感化されているの。それまで家族のグチをこぼし合っていたのにね。私は3人の中で、一番成績が悪かったからかな? 権利とか自己実現とかそういう難しい話に興味がないのよ。そういうことって、自分で働いて、自分のお金で生活をし、趣味や食事を楽しめる賢い女性のものでしょ?」
熟年離婚した純子さんは、医師の夫から財産分与された資産があり、実家で暮らしており、働いていない。信子さんがグチのこぼす場として楽しみにしていたお茶会は、勉強会に変わり、居場所はないという。
「今さら主人も変わらないし、私も変われない。きっと、ずっとこのまま。でも主人が死ぬときに、“信子、ありがとう”と思ってくれればそれでいいのよ」
信子さんは家事と育児をたった一人でこなし、家庭の面倒事を片づけてきた。地方に住む女性と話していると、女性の忍耐の上に家庭はあると感じることが多々ある。
この状況が変わらないうちは、信子さんの息子さんに「お嫁ちゃん」が来ることはないのかもしれない。家と個人、女性と男性……分断をなくした先にある未来に光はあるのか、それは誰にもわからない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。