息子を1年間養うのにかかる費用は、100万円
待てど暮らせど、息子は社会復帰をしない。仕事の話を振ると、気がのらない顔をされるし、地方都市は人間関係が密接で、息子を頼める働き口がない。
「都会ならメンタルに病を抱えた人の自立支援センターはあるのだろうけれど、息子はプライドが高いから、そういうところには行かなさそうでもある。で、このまま働けず、私たちが死んだらどうなるのだろうというのが心配。娘一家に押し付けるわけにはいかない」
そこで、息子1人を養うのにかかる費用を計算した。
「1年間に100万円。医療費、食費、光熱費、スマホ代、書籍代、被服費に加えて、車の維持費、家の固定資産税も足してみた。そもそも、私は70歳で会社をたたむつもりで生きてきた。その後は妻にも子供たちにも迷惑をかけずに、生きて行こうとしていた。それなのに、まさか息子がこんな状況になろうとは」
夫婦二人の老後計画が、音を立てて崩れて行った。息子分の生活費を加えると、明らかに老後資金は足りない。せめてコンビニやドラッグストアでバイトをしてほしいと思うも、高いプライドと低い協調性と能力で、それが無理だと同時に思う。
「恫喝しようにも、垂れ流しで倒れていた息子を思うとできない。“今日こそ何か言おう”と居間に行くと、息子と妻がコタツホース(石油ファンヒータから温風をコタツの中に流し込む金属製の筒)に、私の下着と寝巻とドテラを置いて温めている。“パパ、お風呂? これ温かいよ”と差し出されると、何も言えなくなりますよ」
健司さんも妻も、いわゆる毒親ではない。息子に何かを過度に期待したり、高望みをしていたわけではない。
「過去を振り返っても仕方がないけれど、ブラック企業に勤めなければ、こんなことにはならなかったのかな……と思う。そうそう、今日、ショッピングセンターに行ったんだ。すると、息子よりはるかに成績も素行も悪かった同級生が、奥さんと中学生くらいの子供を連れて歩いているんですよ。私の姿に気付くと、“おじさん! お久しぶりです。あいつは元気ですか?”なんて、働く男のいい顔をしながら聞いてくる。私はこれから自由になろうという時期に、息子のリハビリに付き合わされている。このままでは老後資金も足りなくなるし、不安だらけですよ」
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。