文/印南敦史

「人生100年時代」といわれるようになって久しいが、多くの方にとってそれは実感しづらいものでもあるだろう。普通の生活を続けるなかで、“100年の人生”を感じさせてくれる人と出会う機会はあまりないからだ。

だが、『過疎の山里にいる 普通なのに普通じゃない すごい90代』(池谷 啓 著、すばる舎)を手にとってみれば、感じ方が変化するかもしれない。ここには、過疎化が進む山里で元気に暮らす90代の高齢者たちの姿が映し出されているからである。

発端は、都会暮らしに限界を感じた著者が「人生の後半は田舎暮らしだ」と思い立ったことだった。山里がいいと思って調べていくなかで、「春野町」(静岡県浜松市天竜区)という素敵な地名を見つける。人口は3500人ほどで、東京23区の4割にもおよぶ広さなのだという。

ともあれ町の名にピンときた著者は空き家探しを開始し、古民家と土地1700坪(宅地400坪、農地1300坪)という広大な物件と出会う。

そして移住し、都会では味わえない暮らしを楽しむなかで、山里に暮らす人々と接する機会が増えていったのだった。

田舎ゆえの閉鎖的なところもある。
しかし、生き生きとした山里の暮らしに出会うのは楽しい。
なにより魅力的な人がたくさんいるのだ。
その方たちの生き方、暮らしぶりを聞かせてもらうのが楽しみとなった。(本書「はじめに」より)

日本各地の町村と同じように春野町も過疎高齢化が激しく、この10年で人口減少率は3割近い。当然のことながら子どもの声はほとんど聞こえず、山里で出会うのはお年寄りばかり。

そういった環境に馴染めずに田舎暮らしを断念する人も多いわけだが、著者はお年寄りたちが元気であることに心惹かれる。80代はざらで、90代でもまだまだ現役で仕事をし、自立して暮らしている方が多いのだそうだ。

事実、ここで紹介されているお年寄りたちも驚くほどに元気だ。

たとえば、著者の近所に住む宮脇眞一さんは、昭和2年生まれの95歳。とにかく働き者なのだという。

何でもできる方だ。畑仕事、草刈、木工、機械の修理、有機茶を栽培し、生葉の審査役(生茶の等級をつける)を務めた。椎茸作り。何十kgもある椎茸の原木を軽々と担いでいた。ぶどう棚も作れる。
「林業架線作業主任者」の資格を持っている。大型二種の免許を持っているので、バスの運転もできる。
その90年以上の人生は、働き通し。その中で、多くの技術を習得してきた。(本書22ページより)

ここは、非常に重要なポイントだ。田舎暮らしに憧れを抱く人は多いが(私もそうだ)、実際のところ、本気でやろうというのであれば「なんでもやる」ことを避けて通るわけにはいかない。田舎で暮らすというのなら、「なんでもできる」は不文律なのだ。しかし宮脇さんのような地元の方にとって、それは決心するまでもなく“当たり前”のことでもある。

神社の神職を20年間務めた。町内の老人会の会長もしていた。人のお世話をすることが楽しいのだ。「こんなにできるぞ。あれもこれもやってきた」と自慢したりすることもない。無欲で恬淡(てんたん)としている。(本書22ページより)

そればかりか認知症になった妻の介護を何年もして、食事から下の世話まですべてをこなした。著者がその話題に触れると「そんなことは、なんでもない」と愉快そうに笑ったというが、人の世話をするのが好きだからこそ楽しくいられるのかもしれない。

奥様はやがて近くの介護施設(老健)に入り、数年前に97歳で亡くなったそうだが、宮脇さんのような人と出会えたことは幸せだったといえそうだ。

「役に立たせてもらうのはありがたい。人のお世話をするのは楽しいものだ。人に喜ばれることは嬉しい。笑顔を見ているのは嬉しい」
人の役に立つ−−。それがまさしく宮脇さんの生き方であり、人生そのものだ。(本書23ページより)

老後の生き方に関する書籍を開いてみると、「地元のサークルに参加しましょう」とか「コミュニティで活動しましょう」というような文言と出会うことが多い。ひとりで暮らしていると刺激も少なくどんどん老いてしまうが、人と交流すれば、やりがいを感じることにもなるということだ。

そんななか、自分がしたことに対して「ありがとう」と声をかけてもらえたとしたら、それが力になる。だから「地元と交流」することに意味があるわけだが、「人に喜ばれることは嬉しい」という宮脇さんの生き方は、まさにそれにあたるのだろう。

ただ、それでも年齢には勝てない。10年ほど前に腰の圧迫骨折をして入院し、5年前には台所で転倒してふたたび圧迫骨折。また入院することとなり、それ以来、腰が痛くて体が思うようにならないという。しかし、それでもやはり元気だ。

「子どもたちも独立して、妻も亡くなって、ずっとひとり暮らしだ。食事作りも掃除も、家事は何だって自分でやる。
ひとり暮らしは不便なこともあるが、気楽でいいもんだ。体が動けるうちは、できるだけこの家で暮らすんだ。(中略)
もうすっかり鉄人じゃなくなっちゃったよ。じいさんになってしまった。これも仕方ないな。わはは」(本書40ページより)

長い間、なんでも自分でやってきたからこそ、鉄人ではなくなり、じいさんになってしまっても、ワハハと笑えるのだろう。

『過疎の山里にいる 普通なのに普通じゃない すごい90代』
池谷 啓 著
すばる舎

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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