砂時計の残りを確認しながら生活する

それから、耕司さんは、妻の機嫌を取るように動いてしまった。妻の好きなワインや入浴剤を用意したり、花を飾ったりした。

「妻は一瞥して答えない。あれは惨めだったよね。とっくに離れてしまった妻の心を、とどめておくことなんてできないのに」

この期間、たまたま大学時代の旧友に誘われて飲み会に行った。彼らの話題の中心は、定年間近の仕事の悲哀、血圧やストレスなど健康問題、子どもの学費、など。

「友人達から、『オマエはいいな、若くて』とか『髪結いの亭主、俺もやりたかった』などと言われたけれど、本心ではうらやましがっていないことがわかる。僕の発言には重みがない。苦労の貫目みたいなものが、備わっていないんだよね。友人たちは髪も寂しくなって、腹回りには肉がついて、おっさんになっている。僕にはない味わいのようなものがあったよね」

耕司さんは、同級生の女性たちと、さまざまな話をした。子どもの結婚式の話題になり、耕司さんが結婚式をしなかったことが衝撃的だったという話になった。

同級生の女性は「モッくん(本木雅弘氏)の地味婚(95年)が話題になる5年前に結婚式をしなかったというのは話題になったよ。あのコ(耕司さんの妻)さ、やっぱすごいよね。憧れるわ」と語っていた。

「やっぱり、妻はすごいんだと思いました。それには、僕の支えがあったのに、そのことについては誰も言及せず、“男のくせに”と言われ、まるで人生をラクしてサボっていたかのような言い方をされて、ちょっと不機嫌になってしまったんです」

その帰りに、妻と親しい女性に帰宅途中、真実を告げられる。

「結婚式をしなかったのは、妻が進歩的でもなんでもなく、妻は独身時代にずっと上司と不倫関係にあり、招待しないわけにはいかないので頑なに拒んだとのことでした。それでなんというか、いろいろ合点がいきましたね」

その日から、耕司さんは夫婦関係の修復を試みなくなる。妻は深夜帰り、朝帰りするようになる。砂時計の残りが少ないことがわかりながら、じっと耐えるような生活。そのうちに妻は出て行った。それから先のことは弁護士任せ。実家の兄に現状を伝えたら、「全部持っていかれるぞ」と弁護士を付けてくれたのだという。

「30年間、一緒に過ごしてきた、堅実で賢く、ハイキャリアの妻はそもそもいなかったって話ですよ。妻がどこで何をしているか、興味もないんですよね。自分の人生の無意味さを嘆こうと思ったら、娘から妊娠を告げられた。『パパ、助けてね』って。娘のみならず息子も何かあると『パパ、パパ』と頼ってくる。後ろを向いてばかりもいられないから、これからまた何かを始めようと思います。でもやはり、妻がいないというのはさみしい。眠ると夢に出てくるのは子どもたちではなく妻の笑顔。歳月を重ねたのに、関係はもう戻らない。でも、これから初孫が生まれるから、ジイジとして頑張らないとね(笑)」

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。

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