文/堀けいこ
実話であっても、フィクションであっても、愛され続ける名犬の物語は世界中にある。「救助犬バリー」もそのひとつ。バリーは19世紀初頭にスイスに実在した現在のセント・バーナードの祖先といえる犬種で、アルプス山中で15年間に40余名もの人を救ったと伝えられる名犬。東京消防庁各救助隊の救助服に付けられた犬のワッペンのデザインは、救助犬のバリーが由来だという。
とはいえ、日本においては、その呼び名でさえ馴染みが薄い「救助犬」。そんな中、地道な訓練を重ねて活動をしている救助犬たちが日本にもいる。その姿を取材した。
優れた臭覚で捜索をするために訓練された救助犬
日本における救助犬育成の歴史は、1995年の阪神淡路大震災のときにスイスの救助犬チームが支援に入ったことがきかっけで始まっている。あれから27年も経っているのに、未だに救助犬についての認知が広がらず、育成は一部をのぞき民間団体のボランティア活動になっているのが現状。その団体のひとつ、「日本搜索救助犬協会」(本部・埼玉県久喜市)に、救助犬の現状について、訊いてみた。
「日本で広く使われている呼称は『救助犬』または『災害救助犬』。海外では『Search & Rescue Dog』『Human Remains Detection Search Dog』という呼称を使います。
被災地の安否不明者を、または、平時の行方不明者を、優れた嗅覚で“Search=捜索する”ために訓練された犬のこと。被災地では不特定の人間を捜しますが、私たちの団体では、たとえば行方のわからなくなった高齢者の捜索など、特定の人間の臭いを追わせる場合もあります」
話してくれたのは、同協会運営委員の松山裕之さん。2004年に設立された同協会の搜索出動記録のリストには、東日本大震災(2011年)や、一昨年の広島県の豪雨災害、昨年7月の熱海市伊豆山土砂災害での搜索記録も残されている。
セント・バーナードやシェパードなどの大型犬だけじゃない
伝説の救助犬バリーはセント・バーナード系統の犬だが、「日本搜索救助犬協会」で活動している犬種は、ジャーマン・シェパード、ラブラドール・レトリバー、ホワイト・スイス・シェパード、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、そしてミックス(保護犬)もいる。
「大型犬から小型犬まで犬種に関係なく、主人に対して素直に従う犬が救助犬に向いています。団体によって考え方は異なるかもしれませんが、私たちは、犬種を限定せず、飼い主が自分の家で飼っている犬を救助犬として育成しています」と同協会の代表、江口タミ子さん。
もちろん犬種や個体による資質で向き不向きはあるが、それぞれの特徴を生かした訓練を一つ一つ積み重ねている。そして、「いちばん最初の訓練は、吠えることなんですよ」と江口さんはいう。
臭覚を最大限に生かせるようにするための訓練で、広い場所に配置したいくつもの箱のひとつに隠れた行方不明者役(飼い主やボランティアスタッフ)を発見させるというものがある。発見すると箱の前で吠えて知らせるのだが、なかなか大きな声を出せなかった小型犬や、飼い主の元に引き取られてから一年以上経っても吠えることがなかったという保護犬もいる。
訓練の場で芽生える近所の人たちとの交流も大切
基本的に週に一回行われる訓練には、経験を積んでいる救助犬だけでなく、災害救助犬になるための認定試験を目指す犬たちも一緒に参加する。
災害現場を再現した訓練もする必要があるが、その場所を捜すのに苦労する。時には遠出もする。現在、同協会の救助犬の育成活動には国や自治体からの支援はなく、そのほとんどの費用を会費と自己負担でまかなっている。そのため「広い空き地、山林、未耕作地などを、ときどき訓練に使わせてください」と江口さんは声をあげ続けている。
そんな中、数年前から持ち主の厚意により提供してもらっている700坪の広さの場所がある。
もともとは農地で、雑草の生い茂った空き地になっていたが、近所のサポーター会員たちがボランティアで草刈りや訓練道具の製作をしてくれたという。こうして整備された場所を、救助犬の訓練の時間以外はサポーター会員に開放して、飼い犬を自由に遊ばせることができるようにした。また、江口代表やスタッフが犬の躾の相談にのるなどして、交流を深めている。
「現在も、草刈りや設備の修繕をしてくれたり、救助犬訓練に参加してくださったり、会を支えてくれています」。江口代表は、そんな近所のサポーター会員たちに心から感謝しているという。
救助犬にとってハンドラーは相棒で甘えられる家族
訓練のときも、捜索現場でも、救助犬にはハンドラーと呼ばれる指導手が帯同する。ハンドラーは飼い主の場合が多いが、専門の訓練士が担うこともある。
救助犬にとって、捜索の現場でハンドラーの指示に従うことは大切なこと。そのため、服従能力を高める訓練が必要になる。その訓練では、目的をちゃんと達成したときにハンドラーはたくさん褒める。達成できなかったときは、その原因を考え、粘り強く訓練する。繰り返し続けることでどんどん成長していくという。
飼い犬を救助犬訓練に参加させるようになったきっかけを、「一緒に何かをしたいと思ったことから」と語ってくれたハンドラーもいる。救助犬とハンドラーにとって、互いの存在は、一緒に成長してきたバディ(相棒)であり、心を許すことができる家族なのだ。
「ひとりでも多くの人に救助犬に興味を持ってほしい」という江口代表。現在、全国に30ほどの民間団体が救助犬の育成活動をしているという。もしかしたら、貴方の住む市や県にもあるかもしれない。ぜひチェックしてみてほしい。
取材協力:特定非営利活動法人 日本捜索救助犬協会 https://www.japan-srda.net
文/堀けいこ